フィーメリアさんはそのまま数度、ビクビクと体を大きく震わせると、紫色の煙のような物を空中に吐き出した。
その量は、とても彼女一人の体内から出てきたとは思えないほどの量で、部屋が一瞬薄暗くなったほどだ。
すぐさま、デュナが風の精に煙を窓の外まで押し出させる。

「あれ、ブラックブルーの胞子なんだとさ」
後ろで、壁に背を預けているスカイがぽつりと呟いた。
相変わらず体調が悪そうだ。
障壁はデュナの立つ位置から後ろ、壁までを隙間なく覆っていた。
どうやら、あの胞子を私達が吸わないようにするためのものらしい。
まだ風の精を操っているデュナに代わって、ファルーギアさんが説明してくれる。
「ブラックブルーは、ああ見えて菌性の植物でして、ええと……きのこのようなものだと思っていただければいいでしょうか。
 実を食べた者を一時的に仮死状態にして、その体内で胞子を作るのです。
 丸一日程で胞子が出来上がると、仮死状態が解け、保菌者は動けるようになります。
 そのさらに数日後、熟成した胞子が保菌者から咳やくしゃみと共に吐き出されるという仕組みです」
「そうだったんですか……」
なんというか、起き抜けの脳みそがファルーギアさんの台詞を右から左に流してしまったようで、どうにも気の無い返事を返してしまったが、ファルーギアさんは気にする様子もなくにこにこしていた。

よく考えれば、デュナやスカイは一晩寝ていないわけだが、ファルーギアさんはそのさらに前日から研究室に篭っていたわけで、もしかすると一昨日の晩から寝ていないのではないだろうか。

服こそ初日と違っていたが、やはりくたびれたシャツによれっとしたベスト。
笑うと何だか薄幸そうに見えてしまうところも、やつれた印象も元からだったせいか
普段とあまり変わらないように見える。
ファルーギアさんというのは案外タフな人なのかもしれない。

室内から煙を完全に追い出し、デュナが障壁を解く。
精霊達がこぞって報酬の精神をいただこうとデュナに纏わり付いた。
「デュナ、今の煙って吸うと危なかったの?」
だとしたら、フォルテは連れてこなくて正解だったかもしれない。
そんな風に考えつつ声をかけると、デュナがちょっと困った顔をした。
「うーん……。危ないって事もないけれどね。
 人の体内から、ちゃんと外に吐き出される為に、異物だと感じるように出来てるのよ。あの胞子は。
 つまり、ちょっとでも吸うと、それを完全に体外に出すまで、くしゃみや鼻水が止まらなくなっちゃうわけ」

なるほど……。
それは確かに、ちょっと遠慮したい。

もしかしたら、最初の実験後には、皆でくしゃみを連発していたりしたのだろうか。

そもそも、あの胞子が人間に寄生して発芽するような危険なものなら、もっとブラックブルーの認知度も上がっていただろうし、こんな風に一般家庭の庭に……いや、この場合は一般的な規模の庭ではないが、ともかく、こんな風に知らない人がうっかり食べたりするようなこともなかっただろう。

「うう……ん?」

聞きなれない声に、ベッドを見ると、フィーメリアさんが体を起こそうとしているところだった。