「……いや。あのデュナが、さ」
テラスは大分冷え込んできて、風が冷たく肌を撫でる。
「ほんの二ヶ月足らずで、何の収穫もなく、フォルテの身元捜しを諦めるなんて、……おかしいと、思ったんだ」
俯いていた視線を、もう一度私に合わせて、息を吸い込むスカイ。
「それでさ、聞いてみた。……いや、問い詰めたって言う方が正しいかな。そしたら、その話を……」
「そっか……」
いつの間にかそうとう傾いてきた夕日に、二人の足元では影が長く伸びていた。
夕日の眩しさに、思わず目を細める。
「俺さ、デュナがフォルテを施設に入れようって言い出したとき、反対できなかったんだ。賛成も出来なかったけど、反対できるほどの覚悟もなくてさ……」
頬に夕日をいっぱい浴びたスカイが、ふわりと笑った。
それは、まるで夕日に溶けてしまいそうな、柔らかい笑顔だった。
「けどさ、あの時、ラズが引き止めてくれて、もうちょっと探そうって言ってくれて、俺は今、本当によかったと思ってるんだ」

……私だって、その時この話を知っていたら、止められなかったと思うけど……。

「今さ、俺たちの傍にフォルテがいて、みんなで笑ってられるだろ?
 あの時バラバラになってたら、こんな風に揃って旅したりも出来なかったもんな」
「……それが、フォルテの為に良かったのかは、分からないよ……」
俯きかけた私の肩をガシッと強引に掴むと、そのままテラスの手すり際に押される。
「下向くなって。ほら、いい景色だろ」
目の前に、キラキラと輝く夕日に彩られたザラッカの町が広がる。
ミニチュアのお城達が並ぶ町並みは、今、黒とオレンジのコントラストに包まれていた。
「うん……。綺麗……」
うっかり見とれていると、スカイが横に並んで同じように町を見下ろしながら言った。
「多分さ、デュナも本当は施設に入れたくなかったんだよ。フォルテを。そうじゃなきゃ、ラズにも言ってたはずだろ?」
ちらと隣を見ると、そのラベンダーの瞳に夕日がくっきり映っている。
「きっとデュナは、ラズに止めてほしいって心のどこかで思ってたんだ。
 ……だから、ラズが一人で責任感じることじゃないんだぞ?
 俺だって、分かってて何も言わなかった、共犯者なんだからさ」
「犯罪者みたいに言わないでよ……人攫いみたいじゃない」
張り詰めていた空気も、緊張も、全てが夕日に溶けてしまった気がして脱力しながら笑うと、スカイがまるで子供のような人懐っこい笑顔を返してきた。
「やっと笑ったな」
嬉しくてたまらないという表情に、思わずふき出してしまう。
あれだ、えーと、悪戯が成功して、嬉しくてたまらない子供みたいな感じ。とでも言えばいいだろうか。
こちらとしても、何がそんなに嬉しいんだか全く分からないが、もう嬉しいならいいや。という感じだ。

それが恥ずかしかったのか、スカイが顔を夕日に向ける。
夕日色の中では、顔が赤いのか、そうじゃないのかまではわからなかった。
その仕草に、まだクスクスと笑っていると、スカイがそっと呟いた。
「なあラズ、フォルテが楽しそうにしてるの見てたら、こっちまで楽しくなるよな」
「うん」
フォルテの砂糖菓子を思わせる甘い笑顔には、見ているこっちまでつられてしまう。
「それと同じで、ラズが幸せな顔してれば、俺も、フォルテも幸せになるんだぞ」
私……?
思い返してみれば、確かにフォルテはいつも、私の笑顔に笑顔を返してくれる。
スカイだってそうだ。
「……うん」
二人の笑顔の方が、甘くて、爽やかで、私の数倍素敵ではあるが、そのきっかけが私であるというなら、それは素直に嬉しいことだった。
「ま、だからさ、あんまり一人で考え込むなよ。悪いことは」
「うん……」
スカイが、ポンポンと私の背を撫でる。
……やっぱり、デュナと同じ仕草だ。
「それ、さっきデュナにもされた」
「え? あー……。確かに、俺も昔よくねーちゃんにされてたかも……」
スカイが背を撫でた左手を引き寄せて、考えている。
「デュナ譲りなんだね」
「うーん。そうだったのか……。確かに母さんはやらないなぁ……」
「おばさんは、ぎゅーってしてくれる感じだよね。どちらかというと」
「だなぁ」
私の預けられていたスカイの家では、デュナ達はもちろん、その両親にも良くしてもらっていた。
とはいえ、スカイ達の父であるクロスさんは、私の父と冒険に出てしまっていて、なかなか家に帰って来ないのだが……。
「父さんはやるかもしれないなー。ポンポンって、やりそうなイメージ」
「そうだね」
クロスさんとはあまり話したことがないけれど、スカイをさらに凛々しく紳士にしたような、こう、いかにも聖騎士然としたパラディンだった。
以前はお城に仕えていたのだと聞いた事がある。

「さーて、下行くか!」
スカイの明るい声に振り返る。

戸を開けて待つスカイに促されて、私はテラスを後にした。
沢山の本の香りに迎え入れられて、後ろを見ると、
夕日は遠い山の輪郭をうっすらと縁取って、その向こうに姿を隠すところだった。