「ねぇ、デュナ、薬屋さんからいくら貰えたの?」
山葡萄のジュースが三分の一ほど残ったグラスの中をストローで無意味にかき混ぜながら、向かいに座る白衣の女性に声をかける。
レストランで白衣というのは、どうも場違いな気もするのだが、脱いだら脱いだで、目に鮮やかなルビー色のキャミソールが、しかも丈は短くてヘソまで出ているとなると、ここは大人しく着ていてもらう他無い。
ちなみに、下は光沢のあるブラックレザーのタイトミニスカートに、編みタイツ。
足元は、さすがにピンヒールではないものの、ヒールの高い黒のエナメル靴に、ゴールドのチェーンが装飾されていた。
どこから見ても、冒険者には見えそうにないが、マッドサイエンティストには見えそうである。
私の質問を受けて、デュナは怪しくメガネを光らせた。
「ふふふふふ……。知りたい?」
その雰囲気に、素直に頷くことを一瞬躊躇してしまう。
「う、うん……。えーと、聞いていい話なら……」
フォルテに聞かせられないような話でないことを祈りつつ、心持ち姿勢を正して彼女に向き直る。
隣で、皿に残るポテトのクリームをせっせと掬っていたフォルテも、顔を上げてデュナを見つめた。
一方スカイは黙々と魚の身を拾っている。
器用な彼の手にかかれば、どんなに骨の多い魚だろうと、一欠片の身も残らない。
また、彼自身、こういったチマチマした作業をするのが好きなようだった。
こちらをチラとも見上げないところを見るに、スカイには、デュナが羽振りのいい理由が分かっているのかもしれない。
考えに没頭すると、すぐ周りが見えなくなる私に対して、スカイは何かに集中していても周りには常に気を配っていられる人だった。
「実はね、あのおじさんに、ブラックオウザスの牙を買ってもらっちゃったのよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて、デュナが答える。
顔には髪の影が落ち、メガネだけが怪しく光っている。
ブラックオウザスというのは、私達と今朝戦闘になった黒い獣の名前だった。
「へぇ、そうなんだ。牙が薬になるの? 知らなかった」
うんうんと満足気に頷くデュナ。
「それで、いくらで買ってもらえたの?」
私の声に、ギシッと一瞬デュナが固まったように見えた。が、すぐにグラスを引き寄せると、泡がはじける琥珀色の液体を流し込んだ。
このお店のジンジャーエールには、通常の物と辛口の物の二種類があって、デュナが飲んでいるその辛口のジャンジャーエールは、私やスカイではむせてしまうほどキツいものだった。
「さ、さんぜんよ、さんぜん」
微妙にカタコトなデュナの言葉に、スカイが顔を上げないまま突っ込む。
「絶対それの倍はもらってるな」
「えっ! てことは、六千ピース!?」
私の声に、ちらほらと店内の人達の視線が集まる。
うわー……ちょっと大きな声出しすぎちゃった……。
「ちょっと、声が大きいわよ、そんなたいした額じゃ無し……」
確かに、道行く人の財布に、六千ピース入っていたところで、驚くような額ではないが、私の財布に入っているのだとしたら驚く。
そんな額だった。
具体的にいうならば、十代二十代の一般職に勤める人のひと月の給料の、まあ三分の一程といったところである。
「そもそも、牙だけでそんな額もらえるはず無いじゃない」
「牙に、爪に、目玉まで拾ってただろ?」
そっとフォークとナイフを揃えて、スカイが顔を上げた。
「うぐっ、あんた、怪我治してたんじゃなかったの?」
「治してもらいながらでも、そのくらいは気付くって。どうせまたくだらない研究費に充てるつもりだったんだろ」
「そのくだらない研究の成果に、あんたは今日救われたのよ?」
「救われたと同時に死にかけただろ!!!」
スカイの声に、また店内の注目が集まる。
「ま、まあまあ……。 実際、いつもデュナの研究には助けられてるんだし……」
なんとかなだめようとすると、スカイが鋭く振り返った。
「こういうの見逃したらダメだって。大体、俺が突っ込まなかったら、三千ピースは全部デュナの懐行きだぞ?」
「うーん……。でも、見つけてきたのも拾ってきたのもデュナなわけだし……」
私の言葉に気を良くしたデュナがふんぞり返る。
普段は白衣に隠されているが、そのプロポーションはなかなかのものだ。
「ほーら、ラズはこう言ってるじゃない。フォルテも、千もらえたら十分よねー?」
突然ふられたフォルテは、しばし考えて
「うん。千ピースあったら、お菓子いーーーーっぱい買える♪」
と、嬉しそうに答えた。
実際、デュナの研究には何かとお金がかかるのだろう。
完成品が出来るまでには、調整を重ねなくてはならないのだろうし、彼女が試作品とやらを抱えてスカイに迫る姿は、もはや日常だった。
それに、デュナは私やフォルテには何かとふるまってくれることも多く、今回の事にしたって、私達に千ずつは還元してくれる事を、素直に有難いと思っていた。
旅に必要ないくつかの雑貨を買って、ほんの少し嗜好品を買ったところで、十分貯金に回せる。
それはフォルテも同じだった。
そう、デュナは決して暴君ではないのである。スカイ以外に対しては。
「ちょっと待てよ? ラズに千でフォルテに千で、俺には?」
「あんたには五百ね」
「何でだよっ!!」
「あんたがもう少し使える奴だったら、牙も爪も木っ端微塵にならずに、もっと沢山取れてたのよ?」
「俺今レベル二十五だぞ!? 相当頑張ってただろ!!」
「自分で言うようじゃまだまだね。もう、あんた他のお客さんの迷惑になるから出て行きなさい」
「まだ食事中だっつーの!!」
「あんたデザート食べないじゃない」
「コーヒーぐらい飲ませろ!」
二人の会話に入り込めず、ちらと横を見ると、フォルテもこちらを見上げていた。
「まあ、いつものことだからね」
フォルテに小さくささやくと
「うん♪」
という返事が可愛い笑顔と共に返ってきた。
「デザート楽しみだね。私、木苺のモンブランが乗ったタルトにしたんだよ」
キラキラと瞳を輝かせて話すフォルテ。
もしかして、彼女の耳に二人の言い争う声は届いていないのかもしれない。
「そっか。美味しそうだね」
「ラズにも、一口あげるからね」
「うん、ありがとう。私のクリームチーズのケーキも一口あげるね。マンゴーのソースが美味しいんだよ」
「わーっ楽しみーっ」
うずうずしているフォルテには申し訳ないが、デザートが来るのはもう少し先になるだろう。
この二人の口喧嘩が収まらないことには、このテーブルにウェイターは近寄りそうになかった。
山葡萄のジュースが三分の一ほど残ったグラスの中をストローで無意味にかき混ぜながら、向かいに座る白衣の女性に声をかける。
レストランで白衣というのは、どうも場違いな気もするのだが、脱いだら脱いだで、目に鮮やかなルビー色のキャミソールが、しかも丈は短くてヘソまで出ているとなると、ここは大人しく着ていてもらう他無い。
ちなみに、下は光沢のあるブラックレザーのタイトミニスカートに、編みタイツ。
足元は、さすがにピンヒールではないものの、ヒールの高い黒のエナメル靴に、ゴールドのチェーンが装飾されていた。
どこから見ても、冒険者には見えそうにないが、マッドサイエンティストには見えそうである。
私の質問を受けて、デュナは怪しくメガネを光らせた。
「ふふふふふ……。知りたい?」
その雰囲気に、素直に頷くことを一瞬躊躇してしまう。
「う、うん……。えーと、聞いていい話なら……」
フォルテに聞かせられないような話でないことを祈りつつ、心持ち姿勢を正して彼女に向き直る。
隣で、皿に残るポテトのクリームをせっせと掬っていたフォルテも、顔を上げてデュナを見つめた。
一方スカイは黙々と魚の身を拾っている。
器用な彼の手にかかれば、どんなに骨の多い魚だろうと、一欠片の身も残らない。
また、彼自身、こういったチマチマした作業をするのが好きなようだった。
こちらをチラとも見上げないところを見るに、スカイには、デュナが羽振りのいい理由が分かっているのかもしれない。
考えに没頭すると、すぐ周りが見えなくなる私に対して、スカイは何かに集中していても周りには常に気を配っていられる人だった。
「実はね、あのおじさんに、ブラックオウザスの牙を買ってもらっちゃったのよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて、デュナが答える。
顔には髪の影が落ち、メガネだけが怪しく光っている。
ブラックオウザスというのは、私達と今朝戦闘になった黒い獣の名前だった。
「へぇ、そうなんだ。牙が薬になるの? 知らなかった」
うんうんと満足気に頷くデュナ。
「それで、いくらで買ってもらえたの?」
私の声に、ギシッと一瞬デュナが固まったように見えた。が、すぐにグラスを引き寄せると、泡がはじける琥珀色の液体を流し込んだ。
このお店のジンジャーエールには、通常の物と辛口の物の二種類があって、デュナが飲んでいるその辛口のジャンジャーエールは、私やスカイではむせてしまうほどキツいものだった。
「さ、さんぜんよ、さんぜん」
微妙にカタコトなデュナの言葉に、スカイが顔を上げないまま突っ込む。
「絶対それの倍はもらってるな」
「えっ! てことは、六千ピース!?」
私の声に、ちらほらと店内の人達の視線が集まる。
うわー……ちょっと大きな声出しすぎちゃった……。
「ちょっと、声が大きいわよ、そんなたいした額じゃ無し……」
確かに、道行く人の財布に、六千ピース入っていたところで、驚くような額ではないが、私の財布に入っているのだとしたら驚く。
そんな額だった。
具体的にいうならば、十代二十代の一般職に勤める人のひと月の給料の、まあ三分の一程といったところである。
「そもそも、牙だけでそんな額もらえるはず無いじゃない」
「牙に、爪に、目玉まで拾ってただろ?」
そっとフォークとナイフを揃えて、スカイが顔を上げた。
「うぐっ、あんた、怪我治してたんじゃなかったの?」
「治してもらいながらでも、そのくらいは気付くって。どうせまたくだらない研究費に充てるつもりだったんだろ」
「そのくだらない研究の成果に、あんたは今日救われたのよ?」
「救われたと同時に死にかけただろ!!!」
スカイの声に、また店内の注目が集まる。
「ま、まあまあ……。 実際、いつもデュナの研究には助けられてるんだし……」
なんとかなだめようとすると、スカイが鋭く振り返った。
「こういうの見逃したらダメだって。大体、俺が突っ込まなかったら、三千ピースは全部デュナの懐行きだぞ?」
「うーん……。でも、見つけてきたのも拾ってきたのもデュナなわけだし……」
私の言葉に気を良くしたデュナがふんぞり返る。
普段は白衣に隠されているが、そのプロポーションはなかなかのものだ。
「ほーら、ラズはこう言ってるじゃない。フォルテも、千もらえたら十分よねー?」
突然ふられたフォルテは、しばし考えて
「うん。千ピースあったら、お菓子いーーーーっぱい買える♪」
と、嬉しそうに答えた。
実際、デュナの研究には何かとお金がかかるのだろう。
完成品が出来るまでには、調整を重ねなくてはならないのだろうし、彼女が試作品とやらを抱えてスカイに迫る姿は、もはや日常だった。
それに、デュナは私やフォルテには何かとふるまってくれることも多く、今回の事にしたって、私達に千ずつは還元してくれる事を、素直に有難いと思っていた。
旅に必要ないくつかの雑貨を買って、ほんの少し嗜好品を買ったところで、十分貯金に回せる。
それはフォルテも同じだった。
そう、デュナは決して暴君ではないのである。スカイ以外に対しては。
「ちょっと待てよ? ラズに千でフォルテに千で、俺には?」
「あんたには五百ね」
「何でだよっ!!」
「あんたがもう少し使える奴だったら、牙も爪も木っ端微塵にならずに、もっと沢山取れてたのよ?」
「俺今レベル二十五だぞ!? 相当頑張ってただろ!!」
「自分で言うようじゃまだまだね。もう、あんた他のお客さんの迷惑になるから出て行きなさい」
「まだ食事中だっつーの!!」
「あんたデザート食べないじゃない」
「コーヒーぐらい飲ませろ!」
二人の会話に入り込めず、ちらと横を見ると、フォルテもこちらを見上げていた。
「まあ、いつものことだからね」
フォルテに小さくささやくと
「うん♪」
という返事が可愛い笑顔と共に返ってきた。
「デザート楽しみだね。私、木苺のモンブランが乗ったタルトにしたんだよ」
キラキラと瞳を輝かせて話すフォルテ。
もしかして、彼女の耳に二人の言い争う声は届いていないのかもしれない。
「そっか。美味しそうだね」
「ラズにも、一口あげるからね」
「うん、ありがとう。私のクリームチーズのケーキも一口あげるね。マンゴーのソースが美味しいんだよ」
「わーっ楽しみーっ」
うずうずしているフォルテには申し訳ないが、デザートが来るのはもう少し先になるだろう。
この二人の口喧嘩が収まらないことには、このテーブルにウェイターは近寄りそうになかった。