「確かに数日前まではここに居たみたいね」
デュナの声に顔を上げると、デュナの傍でスカイがバナナの皮をつまみ上げていた。
たっぷり二房分ほどのバナナの皮が、ゴミ箱にされていたらしい筒の中に入っている。
「やはり、ここまでは来ていたんだわ。
 まあ、捜索範囲は狭まらないけれど、少し前にこれだけ食べてるんですもの、まだ元気で居るわよ」

デュナの言うとおり、ここへ来ていたからと言って、ここから先で迷ったのか、ここから帰るときに迷ったのかが分からない以上、フィーメリアさんが居る可能性のある範囲は広いままだったが。それでも、その言葉に私達は励まされる。

誰もはっきりとは口にしていないが、今私達が一番危惧しているのは、彼女が衰弱……悪く言うなら、餓死しているのではないかということだったからだ。

デュナの持つ地図の写しを覗き込む四人。
背の低いフォルテにも見えるよう、デュナは軽く屈んでいた。
「こっちをこう行って、こう進むルートか、こっち側をこう……」
デュナが細かく描きこまれた道を小指の先でなぞってみせる。
この部屋の前を通る道は左右に分かれていて、片方はその先が幾重にも分かれて、罠も多い。こちらには最終的に三階へとたどり着くことのできるルートが入っているせいだろう。

もう片方は道の先に四つほどの小部屋が点在しており、行き止まりはいくつかあるものの、罠も少ないようだった。
「なあ、ところでさ、フィーメリアさんってトイレはどうしてたんだろうな?」
スカイが、ふと思いついたように顔を上げて続ける。
「この部屋からは臭いもしないし……」
言われてみれば確かに不思議だ。
「うーん。持ち帰り? けど数日篭ったりしてたわけだよね」
私の言葉にデュナも首を捻る。
「魔法で片付けようにも、ここでは魔法は使えないわけで……」
遺跡の入り口まで戻れば十五分。往復で三十分はかかってしまう。
集中して、誰の邪魔も入らないようにと使われていた遺跡だとしても、それは流石に不便すぎるのではないだろうか。

「フィーメリアさんも、なんでわざわざこんな不便なところに篭ったのかな」
私がポロリとこぼした言葉に、デュナがちょっと意外そうな顔をする。
何故そんな表情を向けられたのか分からずに、首をかしげてデュナを見返すと、苦笑いされてしまった。
「ごめんごめん、いや、ラズにとっては精霊が傍に居なくてもあまり変わらないのね」
精霊……?
元々、精霊達は四六時中こちらに姿を見せているわけでなし、そんな彼らが傍に居なくなったとして、別段変わることは……。

そこまで考えて、ふと、さっきから静かだ静かだと、繰り返し感じていたその理由が分かった。


精霊達が、居ないからだ。

なんとなく、地下で、風もないからだろうと思っていたが、そうじゃなかった。
私は、姿は見えなくても、いつもそこかしこに飛び回る彼らの気配を感じていたのだ。
毎日の生活に、彼らはささやかなざわめきとしていつも存在していたのか……。
「あら、何か思い当たった?」
私の顔を覗き込んで、デュナがまた苦笑する。
メガネの奥、ラベンダー色の瞳が光球に照らされて優しい色に輝いていた。
「占いっていうのは、とても精霊の影響を受けやすいんですって。その形式が魔法に近いからかしらね。図らずも精霊が寄って来てしまうんだと聞いた事があるわ」
「あー、それで町で見かける占いハウスに精霊避けの札が貼ってあったりするんだな」
隣でスカイが、納得とばかりに頷いている。

精霊避けの札?どんなものだろうか。
占いなど受けたことも無かったし、そんなにまじまじとそういった出店を見たことも無かった事に気付く。
「それに、ちょうどこの部屋は、遺跡の力の通り道上にあるみたいなのよ。
 フィーメリアさんは、占いの精度を上げるのに、この遺跡の力を借りていたのね」
「遺跡の力?」
この遺跡は、ただのお墓ではなかったのだろうか。
「竜脈とか、地脈とかそういう大地の気の流れみたいなものかしら。
 私達の使う魔法とは、また違った技術ね」
「ふーん……」
相変わらず、デュナは専門外の知識まで色々と詳しいなぁと感心しつつ、なんとなく分かった事にして、話を元に戻す。