「ファルーギアさん?」
デュナが暗闇の向こうへと声をかける。
「ああ、すみません。うっかりランプを落としてしまって……」
ファルーギアさんの声は、私に耳にも入ってきた。
そう遠くない場所にいるようだ。
「うーん。ラズ、ちょっと照らしてきてくれる?」
デュナが少しだけ申し訳無さそうに声をかけてきた。
どうやら、ランプの火が落ちた衝撃で消えてしまったらしい。
「うん」
まだぐっすりのフォルテをそうっと膝からおろして、マントのポケットからロッドを取り出す。
手にしっくりくる木の柄。先端には黄色い握りこぶし大の球がついた、使い慣れたマジックロッド。
昨日、夕方になってやっと瓦礫の隙間から回収してきたロッドだ。

デュナはあの後、マーキュオリーさんのお屋敷で休んでいたので、私とスカイとフォルテの3人で、あちこち瓦礫をひっくり返して捜した。
それでも、重たい石壁を撤去するような仕事は、犯人達の召喚した人形がやってくれたので、肉体労働というほどの事はしていないが……。

ロッドの先の球に、溢れない程度の光を集める。
光を集めてくれた精霊に、お礼の精神力を差し出すと、開け放たれたままの扉をくぐる。

ちなみに、デュナは明かりを灯すとなると大抵火を使う。
デュナの話によると、光を留めておくのは難しいことなのだそうだ。
私に言わせてもらえば、火を絶やさず灯し続けることの方が大変なように思えるが、そこはやはり、オーダーのやり方次第なのだろう。
私とデュナは、一見、同じように精霊を用いて魔法を使っているように見えるものの、その過程が全く違っていた。
私は、精霊にイメージで必要な物を伝えるのに対して、デュナは、欲しいものやその分量を、分子レベルで正確に指定する。
と言っても、精霊が化学を分かった上で要求に応えているわけではなく、デュナの中で正確にイメージされた物をそのまま返しているに過ぎないわけだが。
それは例えば、水をきっちり二十ミリ取り出したい時など、細かい調節にとても向いていた。
私の場合は"ちょっと"だとか"これくらい"だとかそういう伝え方しかできない為に、必要以上に取り出してしまったり、足りなかったりしてしまうのだが、彼女にはそれがない。
かといって、魔法使いが全員化学を学んでデュナのようになるのかと言えばそうでなく、過去大魔術師と呼ばれてきた人達は、むしろイメージで取引をする人の方が多かったりするわけだが……。
そこらへんは、向き不向きの問題なのだろう。どちらが正しいというわけでもない。
デュナのやり方の方が、応用がしやすく小技が使いやすいのは確かだが。

杖を掲げて、温かい光に照らされた階段を降りてゆくと、程無く床に屈み込み、手探りでランプを捜していたファルーギアさんの姿を認めた。

「大丈夫ですか?」
「はい、すみません……」
光球の明かりが床に届くと、少し向こうに転がっていたランプを拾い上げ、ファルーギアさんがペコペコと頭を下げた。

「ええと……お一人……ですか?」
ファルーギアさんは、フィーメリアさんと二人で戻ってくるはずだった。
しかし、どうみても彼は一人で、辺りにもそれらしい人物は見当たらない。

踊り場のようになっているこの場所の、さらに下へと階段は続いており、また、この踊り場の左右にも、暗く細い道が伸びていた。
道の先はどちらも暗闇に呑まれて見えなくなっている。
まるで迷路みたいだ……。
こんなところで、ずっと一人で、フィーメリアさんは怖くないのだろうか。
「それが……いつも姉が占いに使っている部屋はもぬけの殻で……」
衝撃的なことを口にするファルーギアさんが、あまりにも先程と変わらないのんびりっぷりなので、どういった反応をすればいいのか分からなくなる。
「その部屋以外は私もろくに入ったことが無くてですね……。
 ちょっと、屋敷に戻って地図を取ってこようかと思ったところなのですよ」
「そ、そうなんですか」
ぎこちない表情でそう答えて、私はファルーギアさんと一緒に元来た階段を登る。
フィーメリアさんがどうなったかもわからないのに、笑いかけるわけにもいかないし、かといって、ちっともおおごとでなさそうなファルーギアさんに、あまり深刻な顔をするのも場違いな気がした。

なんだか調子が狂っちゃうな……。
ファルーギアさんの後ろで、こっそり肩を竦める。
もし、フィーメリアさんまでこんな風にマイペースな人なのだとしたら、ファルーギアさんの言うように、しばらくこんなところに閉じ込められていたとしても、案外平気で居るのかもしれない。

それならいいんだけど……。

一歩階段を登る毎に、足元からかびの臭いがたっぷりの、よどんだ空気が舞い上がる。
こんなところに、一人きりで、その上食料も無いのだとしたら、私なら耐えられないだろう。
彼女の無事を祈りつつ、デュナとスカイが顔をのぞかせている遺跡の出口を見上げた。