デュナの言ったとおり、お屋敷は広かった。
いや、正確に言うならば、そのお屋敷の建つ、私有地が広かった。

建物自体はマーキュオリーさんのところと同じか、それより少し小さいくらいだろう。
しかし、その庭……と言っていいのだろうか、ぐるりとお屋敷を背後から取り囲む林と、その向こうにわずかに盛り上がって見える小高い丘までが、今回の依頼主の土地らしい。

問題の、開けられなくなっている扉のあるらしい遺跡を目指して、私達は今、依頼人のファルーギアさんの案内で林を歩いていた。
ファルーギアさんは三十代前半ほどの小柄な男性で、線が細い……というよりも、なんだかやつれた印象を受ける人だった。
仕立てはしっかりしていそうなのに、一体どれだけ長いこと着ていたのだろうか。そう思わされてしまう程にくたびれた朽葉色のシャツに、苔色のベストを羽織っていた。

林には、なんとか人一人分が通れる程度の道が出来ていて、ファルーギアさんの後ろを、デュナ、私、フォルテ、スカイの順に一列になって歩く。
道すがら、ぽつりぽつりとファルーギアさんが事の次第を話してくれていた。
「……と言う訳でして、姉は六日前に遺跡へ入ったきりなのだと思うのです」
「遺跡には食料の貯蔵があったりするの?」
デュナの問いに、ファルーギアさんはこれまでと同じ、落ち着いた声で
「いいえ、まったくありません」と答えた。
前を歩くデュナの横顔が一瞬引きつったような気がする。
果たして、人は六日間も飲まず食わずで生きていけるものだろうか……。
私達の受けた依頼には、緊急のマークも非常事態の表記もなかったと記憶している。
けれど、ファルーギアさんの話しによれば、彼の姉であり、家を支える大黒柱の売れっ子占い師のフィーメリアさんは、六日前の夕食後に占いのため遺跡に入ると彼に告げた後、今日まで、屋敷の誰もがその姿を見ていないのだそうだ。
難しい占いに集中するため、離れ代わりに使われていた遺跡は、フィーメリアさんが占いの際に数日篭ることもあるそうで、最初の二日は誰も気にしなかったらしい。
三日目になり、彼女がずっと食事に来ていないという報告を受けて、やっとファルーギアさんが依頼を出したという事らしいのだが、やはり依頼の紙にはそんな記述も無く、私達が来るまでに四日を要してしまったわけだ。
もし、ファルーギアさんが管理局の人に事情を話していたなら、管理局から近くにいる冒険者に連絡を取って、すぐ向かってもらうというような事も可能なはずなのに……。
「ただ、姉はいつでも食べ物を鞄いっぱいに持ち歩いているような人ですし、姉の体にも蓄えが沢山あるので……」
やはり、先程までと変わらない調子でファルーギアさんが言う。
つまり、彼にとって現時点では、まだ慌てるほどではないという事なのだろうか。
「依頼内容は開錠のみということだったけれど、それで大丈夫かしら?」
デュナがファルーギアさんに念を押す。
遺跡。と言われるとなんだか広くて入り組んでいるイメージがあるが
フィーメリアさんの探索だとか、そういったことをする必要はないのかという確認なのだろう。
「ええ、開錠のみで、お願いします」
ファルーギアさんの話し声を聞いていると、なんだかこちらまでのんびりというか、眠たくなってしまいそうだ。
落ち着きを通り越して、気が抜けるような感じとでも言えばいいのだろうか。
林を抜けると、途端に視界が開ける。
小高い丘までがよく見晴らせる、原っぱのような場所に着いた。

「こちらです」
ファルーギアさんの声に右を見ると、少し離れた場所がぼっこりと、斜めに盛り上がっているのが目に付く。
近付くにつれ、その人一人分くらいの高さまで盛り上がった部分に、扉らしき物が見えてきた。

どうやら遺跡というのは地下遺跡の事らしい。
もしかして、この原っぱの下は全て遺跡になっているのだろうか。
林の下まで全部だったりしたら、物凄い規模になってしまう。
扉の周りをぐるりと確認したスカイが、こちらに頷きを返す。
それを見てデュナが、扉の前に立つ私に声をかけた。
「普通に開けようとすればいいはずだから、やってみて」
「うん」
今回、この扉を開けるのは私の仕事だった。