お昼にはまだ少し早いが、朝という程の時間でもない。
ぽかぽかした日差しに包まれて、何だか眠くなってきた。

私達は今、町の片隅にある薬屋の前で、デュナが出てくるのを待っていた。
薬草集めの依頼主である、薬屋のおじさんには、私も何度か会った事がある。
少しひょろっとした風貌の、微笑むとなんだか儚げに見えてしまうような、優しそうな人だ。
深緑のエプロンに、丸いメガネがよく似合っていると感じた。

確か、フォルテより三つくらい年下の娘さんがいたんだよね……。

などと思い出していると、道の向こうから栗色の髪を揺らして女の子が駆け寄ってくる。
年の頃は八つか九つといったところか、見覚えのあるような、無いような……。
その後ろから、少女の母親らしき人物がこちらにペコリと頭を下げた。

「うちのお店に何か御用?」
くりっと小首をかしげて少女が問う。
ああ、薬屋さんの娘さんはこんな顔だったっけ。と、ぼんやりしていたら、隣でスカイがサッと膝をついた。
少女と同じ目線になったスカイが、人懐こい笑顔を見せる。
「今ね、僕のお友達が、お店で君のお父さんとお話をしてるんだ。
 僕達はそのお話が終わるのを待ってるところなんだよ」
分かりやすい言葉で丁寧に説明をされて、少女は安心したように微笑んだ。
「なーんだ、そうなんだ。お怪我とか病気じゃないのね。よかった」
どうやら、私達を心配してくれていたらしい。
極度の緊張の後だからか、このぽかぽか陽気のせいか、どうにも頭が回っていない気がする。
それにしても、スカイが「僕」って言うのはどうにも似合わないなぁと……あれ?
気付けば、今まで私の隣で同じように壁にもたれて眠そうにしていたフォルテが居ない。

慌てて、辺りを見渡そうと身体を捻る。
いや、捻ろうとしたところで、スカイに肘を掴まれてしまった。

「フォルテに当たるぞ」

首だけで振り返ると、私のマントの後ろで、フォルテがそうっと少女を見ていた。
フォルテの視線に気付いて、少女がこちらを向いたかと思った瞬間。
フォルテはマントの陰に引っ込んでしまった。

「?」
少女が不思議そうに首を傾けている。
「ごめんね。この子ちょっと人見知りなの」
「ひとみしり? ってなあに?」
まだ膝をついたままのスカイが説明をする。
「その子はね、初めて会う人とお喋りするのが、ちょっと恥ずかしいんだよ」
「ほぇー」
「恥ずかしいんだけど、君と仲良くしたくて、そうやって覗いてたんだ」
ニコッとスカイが少女に微笑む。
「そうなんだ! じゃあね、えっと……」

少女がこちらに。というより私の後ろのフォルテに向き直る。
いつの間にか、少女の母親も傍まで来ていて、二人を見守っていた。

フォルテがまたそうっと顔を覗かせる。
今だとばかりに、少女がニコッと笑顔を見せた。
カチン。という音が聞こえた気がする。
固まってしまったまま、みるみる赤くなっていくフォルテ。

「私、ミリィって言うの。はじめまして、よろしくね」

フォルテより、歳も背も小さな女の子がハキハキと自己紹介をする。
その子によく合う、可愛い名前だった。が、ここはフォルテに返事をさせるべきだろう。
私が口を出すのは、もうちょっと後に……、と思うのだが、当のフォルテは固まったままである。

スカイが優しく声をかけた。
「ほら、フォルテ、挨拶してごらん。俺らがついてるからさ」
ぎくしゃくとした動きで、微かにスカイに頷いたフォルテが、そのまま私の顔を見上げてきた。
ニッコリと出来る限り優しい笑顔を向ける。
この子が頑張れますように。精一杯の祈りを込めて。
ほんの一瞬、ホッとしたような顔をして、フォルテがミリィに向き合った。
「…………わ……、私……その……」

途端、バターンと豪快な音を立てて、薬屋の扉が開け放たれた。
「うふふふふふふ……」
扉の向こうで、仁王立ちのデュナがなにやら怪しげな笑いを洩らしている。
その表情は、メガネの反射に遮られ、読むことが出来ない。

フォルテはというと、突然の音に驚いて、すっかりマントの後ろに戻ってしまっていた。
「おいおい、ねー……じゃない。デュナ! いきなりそんな思いっ切り扉開けたら危ないだろ!!」
扉は内外両方に開くタイプだったが、今回は思いきり外に開かれている。勢いが良すぎたのか、扉が戻って来ていない。

私達は、たまたま扉の当たらない位置に居たが、もしそうでなかったらと思うと、確かに空恐ろしかった。

デュナはそんなスカイの声を全く無視して、高らかに声を上げた。
「さぁ、美味しい物食べに行くわよー!」
足元では、ミリィがぽかんとデュナを見上げている。
そんな少女とその母親に、スカイと私でそれぞれ頭を下げて、さっさと歩いて行ってしまったデュナの後を、私達はバタバタと追いかけた。