「さすが高名な封印術師……」
マーキュオリーさんから提示された金額を見て、デュナが小さく呻く。
その台詞をデュナから聞くのは、今日これで二度目だった。

一度目は石を封印した時に。
あの石の威力を分かっていたデュナだからこその言葉だったのだろう。

今回の場合は、またちょっと意味合いが違っているが……。

口端の笑みを隠しきれていないデュナを見て、マーキュオリーさんの後ろに立っていたクーウィリーさんが、ふき出しそうなのを申し訳なさで必死に押さえているような複雑な顔をしている。
たしかに、彼女が笑い出してしまっては、どちらも気まずいだろう。

「デュナ」
後ろからくいっと白衣の裾を引く。
「あ、ああ、ラズ。白衣を触ると危ないわよ」
目の前に並んだ数字で、どんな研究をしようかと思い巡らせていたに違いないデュナが、正気に返って答えた。

デュナの白衣にはあちこちに仕掛けがしてあり、隠しポケットには薬品もいくつか忍ばせてある。
もちろん、劇薬ではないわけだが。
それはわかっていたものの、これで声だけをかけてデュナが気付かなかった日には、クーウィリーさんがその我慢の限界を超えてしまうのではないかと心配だったのだ。

「あら? クーウィリーさん、その服は……」
デュナが、やっとマーキュオリーさんの後ろに気付いたのか、声をかける。
彼女が羽織っていたのは、マーキュオリーさんと同じような濃紺のローブだった。

慌てて居住まいを正すと、クーウィリーさんは私達に今回のクエストのお詫びと感謝の言葉を述べる。
気持ちの入った言葉に、クーウィリーさんはやはりいい子なんだろうなと思う。
ちょっと、その、短絡的ではあるようだが。

ひととおりお礼を述べてから、彼女はデュナの質問に答えた。
「石を封印する姉の姿を見て、封印術師もかっこいい……いえいえ、封印術師の素晴しさに目覚めました!
 召喚術師よりずっと儲かるって事もよくわかりましたし……」
何だか本音が建前から大幅にはみ出ている気もするが、結局、家を出て他の職についてみたものの、現実の壁の前に戻ってきたというところか。

やはり、短絡的ではあったが、姉であるマーキュオリーさんが嬉しそうに彼女を見ている姿に、それもいいかと思えてしまう。
実際の転職手続きにはもうしばらく時間がかかってしまうだろうが、今後、何か封印を必要とするときには、トランドに来れば安心そうだ。

この日はお屋敷に泊めてもらって、美味しい食事とふかふかのベッドで休ませてもらった。


翌朝、コックさんにも挨拶をしてから屋敷を出る。

マーキュオリーさんとクーウィリーさんは、城壁のところまで私達を送ってくれて、振り返るとまだ遠目に手を振ってくれている姿が見えた。
フォルテがようやく二人にも慣れたのか、せっせと手を振り返している。

その横にはスカイが、ちょっとだけ元気の無い様子で歩いている。
おそらく、朝からデュナに回復剤の請求書を突きつけられて、昨日貰ったクエスト報酬を早速天引きされていたせいだろう。
いや、どちらかといえばその際にデュナに散々こき下ろされたことが原因か……。

彼は、どう頑張っても、口でデュナに勝てたことがなかった。


目の前では、まるでスキップでもしそうな雰囲気でデュナが歩いている。
まったく振り返ることのない彼女の背中を追いかけて、私達はこの街を後にした。