「スカイ、荷物漁るよ」
スカイが背負ったままのリュックに、腕を突っ込んでごそごそと回復剤を引っ張り出す。
フォルテは、スカイのありえない方向に曲がってしまった左足を見つめたまま固まっていた。
「ごっ……ごめんなさい!! その……」
マーキュオリーさんがスカイに力一杯頭を下げる。
「いや、もういいって、ホントに」
スカイが苦笑しているところを見ると、ここまでにも散々謝られたに違いない。
マーキュオリーさんは、全体的にコンパクトで快活なクーウィリーさんとは対照的に、ふんわりとした華やかさと落ち着きのある人物に見えた。
濃紺に金糸で刺繍のされたローブ……封印術師の衣装が、色白の肌を包んでいる。
今は、その横顔を申し訳なさで赤く染めていたが。
「フォルテ」
スカイが優しく声をかける。
おずおずと、スカイの顔へ視線を動かすフォルテ。
私は、その横で精神回復剤を一気飲みした。

うーん……。やっぱり苦手だなぁ、この味……。

「そんなに見つめなくていいよ、ラズがすぐ治してくれるから」
スカイの額に浮かぶ大粒の脂汗が、クジラのバンダナに吸い取られてなお、青い髪を濡らしていた。
それでも、彼は笑顔だった。

デュナが、ゆっくりと顔を上げて指示する。
虚ろな瞳が、今にも閉じてしまいそうに瞬いた。

「スカイの足、私の足、私の腕の順番でお願い」
既に祝詞を唱え始めていたので、こくりと頷いて答えた。
デュナの顔色が土気色なのは、精神的な要因も大きいのだろう。

魔術は……特に、彼女のような使い方は、とにかく集中力を要する。
昨夜からずっと魔法を使い続けているデュナは、間違いの許されない数式を延々と解き続けているようなものだ。
しかも、ここへ来てそれはさらに速度を要求されている。
デュナが疲弊するのも当然だった。

「……その聖なる御手を翳し、傷つきし者に救いと安らぎを」
祝詞を言い切って、一息つく。
私の手から溢れる白銀の光が、スカイの曲がった足を包み込んでいる。
普段使っている光球の光は黄色っぽいのだが、癒しの光はいつも真っ白だった。
聖なる光だと言えばそれらしくも見えるが、私個人の意見としては
精霊が運んできてくれる黄色い光のほうがずっと温かく心安らぐ色だった。

天高くから見えない神の手が降ってきて、私の精神力が治療の対価としてほんの少し切り取られる。
この感覚も、治癒術が好きになれない要因だった。

「……くっ」
スカイが微かにうめき声を上げる。
足はまだ繋がっていないだろう。
聖職者達と違って、信仰心の薄い私では一度に回復できる量もたかが知れている。
あと二度は同じ祝詞を唱えることになるだろう。
そう思いつつ、二度目の祈りの言葉を呟き始める。

スカイが薬指で軽く眉間をさすりながらフォルテに声をかけた。
「あのさ、途中でポーチ置いてきてたけど、あれは何かの目印?」
「うん、あそこにね、赤い石が落ちてるの」
その声に、デュナが再度顔を上げる。
見れば、マーキュオリーさん姉妹もポーチの方を見つめていた。
「あの、私、封印してきましょうか」
マーキュオリーさんの申し出に、デュナが重い頭を振る。
「まず、あそこに行くまでに、あなたが襲われる可能性があるわ。
 無事辿り着いても、あの石を拾い上げたら、人形達が一斉に動き出す危険があるから」
もうちょっと待ってちょうだい。と、居ても立ってもいられないような2人に諭して
デュナはフォルテに声をかけた。

「フォルテ、リュックから回復剤出してくれるかしら。二本あるはずだから、二本とも」
あ、私の分を出した時に、デュナにも渡しておけばよかった。
気が回らなかったことを反省しつつ、二回目の治癒をかけた。
後もう一回……。