「じ、従順なる我が下僕達よ、今その身を土片へと帰せ」
震える声で、金髪の彼女が契約の終了を告げる。
しかし、人形達の反応はない。
傍にいた青年に囁かれ、もう一度言い直す。
「従順なる我が下僕達よ、赤い雫の力をもって、今その身を土片へと帰せ!」
やはり変化はない。
巨大な人形は、先ほどからその腕を修復し続けているし、床から顔を出している人形も、その動きこそ止めたままだが、土に返ろうという気配はさらさらなかった。

「自分で召喚した人形も帰せないなんて、傍迷惑な……」
デュナのため息交じりの台詞に、青ざめていた彼女の顔が赤くなる。
「こ、こんな事今までなかったのよっ!!」
言い返す彼女の声を、轟音が遮る。
いち早く治った巨大人形の右腕が、またも振り上げられたのをデュナが弾き飛ばしたのだった。

「きゃぁぁぁぁ!」
風と地鳴りに金髪の彼女が頭を抱えてしゃがみ込む。
「もういいわ。赤い石を返しなさい。それを持っているから狙われるのよ」
「なっ! その石は元々私達の――」
デュナの言葉に反論しかけた彼女の声は、
続いて治った左腕が持ち上げられたことによって途切れた。
「死にたいの?」
デュナの声に、彼女達は屈するしかなかった。

こちらに向かって投げられた赤い石は、いまだその不気味な輝きを保っている。
「ラズ、フォルテ、触っちゃダメよ」
相変わらず、私達に対しては優しい諭すような声。
「うん」「はーい」
私とフォルテは素直にそれに従った。

その結果、赤い石は誰にも拾われることなく、私達から少し手前の位置に落下した。
床に叩き付けられ、跳ね返る度に、赤い光が飛び散る。

「綺麗……」
フォルテが小さく漏らす。
動きを止めた石には、やはり、傷ひとつ付いていない。

「マーキュオリーさんは何階に居るの? 封印術はすぐ使える状態?」
デュナの問いには、男性が答えてきた。
「さ、三階です。 椅子に縛ってあるだけなので、おそらく……」

巨大人形は、赤い石が金髪の彼女の手を離れてからその動きを止めていた。
もしかして、彼女は倒すべき相手のイメージに
石を持ったデュナを思い描いてしまったのだろうか?
そして、そのまま制御が離れて、イメージの書き換えが出来なくなった……と言うところか。

「ラズ、その光球で、壁の亀裂を狙って」
壁の亀裂……というと、
「あの人達の後ろの?」
巨大人形の右手がぶつかったときの亀裂だ。
「ええ、出口までは遠すぎるわ」
つまり、壁に穴を開けて、犯人さん達をひとまず外に出そうと言う事か。
先ほどの会話から察するに、私達はその後三階へマーキュオリーさんを助けに行く事になりそうだが……。

「突き抜けた後の事を考えて、斜め上に向けて、全力でね」
「うん、やってみる」
デュナのアドバイスを受けて、右手のロッドに力を込める。
当のデュナは結界の準備をしているらしく、周りには大気の精霊が集まりつつあった。

「フォルテ、ちょっと下がっててね」
反動でフォルテまで吹き飛ばされないよう、声をかける。
たっぷりの光を集めたロッドを両手に握り直し、叫ぶ。
「お願い!!」
左後ろでギョリッという耳障りな音がした。
まるで、ガラスの瓶を何かに擦り付けたような……。
その途端、マントが思いきり後ろに引かれ、上半身が大きくのけぞる。
私のロッドから放たれた、私の全力を込めた光球は、真直ぐ真上に
天井を3枚突き破り、青い空へと消えていく。

空の青と、眩しい日差し。

私に残されたのは、今日は洗濯日和だなあという場違いな感想だけだった。


バラバラと頭上から降り注ぐ3枚分の天井の破片を、デュナの障壁が遮っている。
本来なら、壁の破片から犯人達を守るための物だったのだろう。

私はというと、後頭部から地面に叩き付けられる……はずだった。
が、想定していた痛みに反して、背中と後頭部に伝わってきたのは、
ぷにょっとしたクッションのような感覚だった。
次いで「ぷぎゅぅ」という何かの潰れる音。
慌てて跳ね起きる。そこには、私のマントの裾を握りしめたまま、泥だらけの床に顔から突っ伏したフォルテが居た。

「フォルテ! 大丈夫!?」
「ううう……」
涙と泥でにじんだ顔を上げるフォルテ。
額に擦り傷が出来てしまっている。

土が口に入ってしまったのか、泥だらけの口を半開きのまま持て余しているフォルテに
「土は、ぺって吐き出して、ぺって」
と声をかけて、顔の泥をひとまずマントで拭い落とす。

スポットライトのように、私達の居る場所だけが太陽に照らされたことによって、室内はさらに暗く見えづらいものになっていた。

足元には精神回復剤の小さな空き瓶と、土の残る床に滑った痕跡。
フォルテは、私から離れようと後ずさって、これを踏んでしまったのか……。

「フォルテ、大丈夫ね?」
肩越しに、顔だけこちらに向けたデュナが聞く、
デュナはいつの間にか、私達の頭上に展開された障壁とはまた別に、大気の精霊を呼び出している。
天井からの瓦礫が降り止むと、動く物のなくなった部屋はシンと静まり返っていた。

コックリ頷いたフォルテに軽く微笑んでから、デュナが私に目を合わせる。

「ラズ、今のもう一発いける?」
「うん、たぶ……ん……」
幾分頼りない返事を返してしまった私に「じゃあお願い」と笑顔で声をかけて、デュナは巨大人形の方へと向き直る。
本格的に障壁の構成に取り掛かったようだった。

隣でシュンと落ち込んでしまったフォルテの頭をぐりぐりと撫で回して、私も両手にロッドを握り直す。
ちらと横目で見ると、フォルテが困ったように照れ笑いを浮かべてこちらを見上げていた。
まだ目の端には涙が浮かんでいるが、大丈夫だろう様子に、ロッドに光を集め始める。

ひと段落したら、すぐに治癒術をかけてあげよう。
可愛いその顔に擦り傷の後が残らないように。

私が、先程の光球の半分ほど力を集めたあたりで、
デュナは魔法の準備を完了したらしく、犯人グループに声をかける。

「そっち側の壁を壊すから、穴が開いたらすぐ外に出なさい!」
「ちょ、ちょっとあんまりあちこち壊さないでよね!! 誰が修理代払うのよ!」
金髪の彼女の反論に、デュナがうんざりと答える。
「そんなのあんた達に決まってるじゃない」
「に、人形達は止まってるんだから、普通に扉から出ればいいじゃない!」
そう言う割りに彼女達は、動きを止めたままの人形に囲まれた現在地から抜け出す様子がないのだが。

「姿を留めてるって事は、力が供給され続けてるって事でしょ。いつまた動き出すか分からないから、あんた達はそこに団子になって震えてるんじゃないの?」
「ふ……震えてなんかいないわよ!!」
彼女がそう叫んだとき、
今まで床の上で煌々と赤い光を纏い続けていた石が、突如強烈な光を放った。

赤い光に部屋中が飲み込まれる。

床の魔方陣も、呼応する様に輝きを増し、
私達の恐れていた事態が、現実の物となった。