この壁のような腕を、思いきり振られたら。
私達は三人とも吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられて終わるだろう。

背筋を冷たい汗が伝う。
物言わぬ人形達がうごめくホールは、驚くほどに静かだった。


以前にも、こんな風に死に直面したことがある。

あの時は、母が小さな私の体を強く抱いていて、精霊達が母の命を見る間に奪っていて……。
『やめて! お母さんの命を食べないで!! 私の心をあげるから!!』
幼い私の叫び声。あちこちを赤く染めたまま、必死で駆け寄る父。
父の涙を見たのはあの日が初めてだった。


「分かったわ。 赤い石はあなた達に渡す。この腕をどけてちょうだい」
デュナの吐き捨てるような台詞に、私の意識はちょっとした走馬灯から引き戻される。
いけないいけない。
今は目の前の事に集中しないと。

左手で握り締める小さな手。
これが、今、私が守らないといけないものだ。


「やっと力の差が理解できたようね」
姿こそ見えないが、余裕に満ちた声がそれに答える。
「……理解できてないのはあんた達よ」
小さな呟きが、デュナから漏れた。
きっと彼女達には聞こえていないだろう。
その言葉の意味は、私にも理解できなかったが。

金髪の彼女が人形に指示を出すと、
目前にあった巨大な手の平は地響きと共に引っ込められた。

デュナが、まだ光を発している赤い石を白衣の内側から取り出すと、犯人グループに向けて放り投げた。
慌てて石に飛びつく犯人達。

「ちょっと! 何て乱暴なことしてくれるのよ!! 石が割れたらどうするつもり!?」

石を拾ってこけた彼女が、ロングスカートの膝についた土をバタバタと叩き落としながら怒鳴った。
「そのくらいで割れるような石なら、とっくにクーウィリーさんが叩き割ってるわよ」
デュナがしれっと答える。
両手で石を握ったまま、首をかしげる彼女の目の前に、突如、巨大な腕が振り下ろされた。

彼女達に直撃するような位置ではなかったが、
もしかしたら何人か吹き飛ばされたかもしれない。

「……やっぱりね」

呟くデュナに、腕が振り下ろされた辺り、土煙の中から浅緑色の風の精霊が嬉しそうに飛びついてくる。
その3人の精霊がデュナの精神をいただいて消えていったということは……。
「すぐにそのデカイのを解体しなさい!! 狙われてるのはあんた達よ!!」
鋭く叫ぶデュナ。
土煙の向こうから見えてきた金髪の彼女は、ぽかんと口を開けていた。
と、巨大人形が、もう片方の腕を振り下ろす。
金髪の、彼女の頭上目掛けて。

「実行!」
デュナの声に従い、風の精霊達が揃ってその腕を奥へと押しやる。
腕は、彼女達のその向こう、壁にめり込む形で落ちた。

つまり、先ほども、デュナは彼女達を助けていたと言う事か。
「ほら早く!!」
デュナの刺すような声に、ハッと我に返った彼女がみるみる青ざめてゆく。
「なん……で……。暴走……?」
床にめり込んでいた2本の腕が、音を立てて持ち上がる。

「チッ」
デュナの舌打ちと共に、私達の周りの障壁が解除される。
そこでやっと、今まで張り続けられていた事実に驚く。

「以上の構成を実行!」

犯人達の前後に置かれていた腕が、彼女達を挟もうと動き出す。
その両腕をデュナの放つ水流が砕いた。

体から切り離される形になった両腕が、水と共に床に落下する。
「ひ……」
誰のか分からない、小さな悲鳴が聞こえた。
彼女達は目の前の事実に完全に震え上がっていた。

……今の今まであなた達のせいで、私達もそんな目に遭ってたんですが……。
「早く解体しなさい!」
デュナが怒気を含んだ声を上げる。その額を、顎を、流れ出る汗が伝っていた。

「ごめん、開けて」
ぽい、とデュナから渡されたのは三本目の精神回復剤だった。
本人は次の攻撃に備えて、また風の精霊を呼び出している。
デュナが三本、私が二本の回復剤を持ってきたわけで、デュナはこれが最後の一本になる。
「はい」
手早く蓋を開け、こぼれないようにそっと渡す。
デュナはそれを一気に飲みほすと、空き瓶を床に落とした。