朝の光が、木々の間に透明で細い筋をいくつも作っている。

冷たく重い夜の気配が、ようやく温かい光に溶かされてきた頃、私達の今朝一番の仕事であった、薬草摘みも終わりを迎えた。

こんな森の中にも拘らず、いつもどおりの真っ白な白衣を膝下で翻しながら、デュナは、数え終わった薬草を丁寧に袋に詰めた。

「予備の数を含めても、これだけあれば十分ね」

肩につかない程度に切り揃えられた紫がかった青いサラサラの髪に、ラベンダー色の瞳。そこにかかる細いシルバーフレームのメガネを指先で軽く押さえて顔を上げると、デュナは周囲を軽く見回しながら声をかけた。

「皆、帰るわよー」
「はーい」
「おう」

私の声とスカイの声。
もうひとつ聞こえるはずだった鈴を鳴らすような可愛らしい声がしない事に気付き、視線を落とす。
すぐ近くに、ふわふわのプラチナブロンドの先を地につけて、フォルテがしゃがみこんでいた。

「どうしたの、どこか痛い?」

微動だにしない後姿に不安を感じつつも、極力いつもと変わらない調子で声をかけ、後ろから覗き込む。

フォルテの視線の先には、黄味がかった透明で薄いサナギから、ぐいっと上体を反らした蝶が、正に今羽化しているところだった。

薄暗い森の中では輝いてすら見えるほどの、白くて柔らかそうな姿。
微かに震えるその瑞々しい羽が、静かに広げられてゆく様に目を奪われていると、不意に背後からスカイの声がした。

「はー……。なんだよ二人して、心配するだろー?」
詰めていた息とともに吐かれた言葉に、先ほどの自分を思い出す。
「ごめんごめん、蝶の羽化って初めて見たけど、すごいね。こんなに早いんだね」
この蝶は、サナギから這い出てくるまで、ほんの二十秒にも満たなかった。
「スカイは見たことあった?」

私の問いに、鮮やかな青い髪をした青年は、頭に巻いた黒いバンダナ越しに頭をかいた。
そのバンダナには、つぶらな瞳と、口が彼自身により書き加えられている。
バンダナの結び目から後ろを尾ひれに見立てると、スカイは頭にクジラを被っているような風貌だった。

「うーん。小さい頃見たことがあったような気がするんだけどな……。あんまし覚えてないや」

思い出そうという努力を早々に放棄して、彼は、姉であるデュナと同じラベンダー色の瞳に朝日を宿して笑った。


「3人とも、あまりのんびりしている時間はないわよ」
デュナの声に我に返る。

こんな早朝にこの森に来たのは、もちろん、この森にしか生えていない薬草を採って来るというクエストを受けていたからだが、その薬草は朝に限らず一日中、むしろ年中取れる。
にもかかわらず、わざわざ眠い目をこすってこんな朝早くに出かける必要があったのは、そうしないと、この森に住む好戦的な黒い獣に襲われる危険があるからだった。

「ほら、フォルテ、行くよー?」

自分より六つほど幼い、ふわふわのプラチナブロンド頭を軽く揺すって、私達は森の出口へと歩き出した。

十分ほど歩いただろうか。そろそろ森の出口も見えようかという頃になって、その音は聞こえた。

低く、底に響いてくるような不愉快な音。
それも、一つ二つではなかった。