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「加奈ちゃん」
「あ、由佳」

由佳が生徒会室のドアから部屋の中を覗いてきたのは、もう役員会が終わってからだった。三年になって副会長になった加奈子は、会長の梶原と一緒に議事録を纏めて、さっきの委員会でまとめた文化祭での備品の貸し出し要望書に目を通していたところだった。

「もう少しで終わりそうなの。入って待ってて」

加奈子がそう言うと、由佳はいいの? と言って、遠慮がちに生徒会室に入って来る。すると、途端に背後でバサバサっと大量の紙が落ちた音がした。振り向くと、分厚いファイルに挟んであった、去年までの文化祭の出し物やそれに付随する貸与物の確認表から生徒が配ったリーフレットの原稿までを、梶原が床に見事にばらまいていた。

「あー、あー、あー、何してんの……。折角インデックス挟んで書類ごとに分けてあったのに……」
「ご、ごめん。俺が片付けるから、市原は気にせず続けて」
「いいわよ。二人で片付けた方が早いじゃない」
「でも、備品のピックアップも途中だし、それに次回までに全校生徒に配布する資料を作らなきゃいけないだろ? そっちを優先してよ」

梶原がそう言って手を動かす。席から立ち上がりかけた加奈子の前に出たのは由佳だった。

「加奈ちゃん忙しそうだから、私が手伝います。それなら書類は早く片付くし、加奈ちゃんの仕事も滞らないでしょ?」

にこっと微笑んで梶原の手伝いをしている。タイミング悪く部屋に入って来ただけなのに、率先してそう言うことを言える由佳のことを、加奈子は好いていた。

「ごめんね、由佳。書類の右上に書いてある分類ごとに沸ければ良いだけだし、分けたらファイリングは梶原に任せれば良いわ」
「うん」

ばらばらになった紙を拾っていく由佳から自分の目の前の議事録に集中しようとして、また、あっ! と梶原の声が聞こえた。

「ご、ごめん!」
「ううん、気にしないで」

其方に目をやると、どうやら二次創作にありがちな、落とした物を手分けして拾っていたら、手が触っちゃいましたパターンであることが分かった。梶原は頬から耳のあたりを真っ赤にしているが、由佳は気づかずそのまま作業を続けている。

しかし梶原。一年の時に加奈子の肘に腕を当てた時はなんてことない顔をして、むしろその後に加奈子のスマホを見てたくらみ顔をしたくせに、由佳と手がちょっと触れたくらいで、あんなに赤くなったりする? と思って、加奈子は、はっはーん、と思った。これはあやつ、由佳に惚れてるな? 確かに由佳は気遣いも出来て人当たりも良い。顔も可愛いし、女子の加奈子ですら思わず守ってあげたくなるような、安らいだ雰囲気を醸し出している女の子だ。男子が気にしないわけないだろう。由佳とは別の女友達の香織に言わせれば、入学時からその美貌と頭脳で話題だった加奈子に早々に梶原という彼氏が出来て以来、由佳の存在は急上昇株だったんだそうだ。加奈子と梶原は契約カップルだし、梶原が加奈子に恋愛感情がまるでないことは分かっている。だから梶原が由佳を好きになっても、それは自由なのではないだろうか。むしろ、契約なんて止めちゃって、梶原は自分の気持ちに素直になって由佳に告白すべきではないのか。そう思った。

だから、翌日の帰り際に、それとなく契約のことを持ち出してみた。

「あのさあ、梶原」
「なに」

それを言うのに、少し躊躇ったのは何故なのか。それでも梶原と由佳の為に口を開いた。

「……『契約』、止めた方がよくない?」

加奈子の言葉に、梶原が加奈子の顔をまじまじと見た。

「……考えてみたら、お互いに弱みを一つずつ握ってる段階で、お互いの弱みは言わないっていう保証になるし、……なにより、梶原、由佳の事、好きでしょ」

ズバリそう言い充てると、梶原の顔が真っ赤に熟れた。

うわー、本気だよ、この人。

「由佳のこと好きなら、私が彼女だと困るでしょ」

其処まで言うと、その先を制するように梶原が、待って! と叫んだ。

「た……っ、確かに、市原を迎えに来るようになった生田のこと、良いなと思ってた……。……でも、それと……」

それと……?

「ピーロランドに行けなくなることを天秤に掛けたら、ピーロランドに行けないことの方が、俺にはダメージデカいんだよっっっ!!!」

絞り出すような声で言う梶原に、ジャンルは違えどオタクの魂を見た気がした。加奈子だって、いくら推しカプのこと好きなままで良いと言われても、ピッシブ漁りが出来ない状態に追い込まれるのは嫌だ。

「……なるほど……。梶原の考えは、よく分かった……。じゃあ、取り敢えず」
「もう少し、このままで居させて欲しい……。……来月になったらピーロランドのコラボカフェもあるから、一緒に行こう……!!」

華やぐ笑顔と力強い声で言われて、脱力した。

なんだかなあ……。

でも梶原のおかげで、加奈子は今も二次創作を見ることを諦めないで済んでいるし、それはありがたいことなのだ。

だけど、なんか……、なんか、違わない……?

そんな気持ちになったのを、加奈子は自覚した。