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加奈子に出来た『契約』の彼氏は、名を梶原祐樹という。頭脳明晰、スポーツ万能、更にルックスも良く、二年で生徒会副会長、三年になって生徒会長に就任。今時そんな出来過ぎた男子居る? そんなの二次創作の中だけだよ、と思ってたけど実在した。

梶原と契約カップルになって、加奈子は一般人の礼儀作法を知った。推しが居ないのに遊園地に行く。カラオケでアニソンばっかり歌わない。メッセージアプリで『神』『尊い』という言葉が出てこない、etc、etc……。

一人っ子で親と男友達としか交わしたことのない梶原からのメッセージに付いてくるスタンプは、実に一般的なものばかりだった。キャラクターが躍ってたり、きらきら輝いていたりするものはなかった。……これが一般人のメッセージか……、と唸ってしまう程、加奈子が今まで交わしてきたスタンプと違った。

いやあ、最初のデートに「女の子はこう言うとこ好きじゃん。証拠写真撮って学校で聞かれたらこれ見せようよ」って言ってゆめかわ世界のピーロランドに連れていかれた時は、マジこんな世界に女子を連れてくる男子が居るんだ……、と思った。流石にキッティとシナロールの二次創作は検索したことなかった加奈子はその世界観に唸った。

着ぐるみを挟んで二人でツーショットの写真を撮る。係員のお姉さんにありがとうございます~、と声を掛けてこのデートを引率してくれたのは梶原だった。いやあ、流石モテる男、梶原。女子を連れたデート捌きも慣れたもんだな!

そう感心して契約カップルとして過ごしていた。周りからは、「梶原くんと、市原さんだったら文句言う人居ないよね~。美男美女カップルで、頭良い同士だもん!」なんて好意的に受け止められている。おっ、これは表面的とはいえ、理想の卒業式に一歩ずつ近づいてる? と思わせる展開だった。それはまあ嬉しい。この人気を維持すれば、卒業式にわびしい思いをすることはないだろう。加奈子はそう期待した。

せがまれて、高校で出来た親友の生田由佳にデートの写真を見せれば、

「キッティやシナロールよりも加奈ちゃんの方がかわいいって言うのが羨ましいな」

などと言ってくれた。

「それに、ただ立ってるだけなのに、梶原くん、ファッション雑誌の読モみたいにかっこいいし。クロッピのイケポーズも霞んじゃうね」

などとも言ってくれた。

そんな感じで周りは加奈子と梶原の交際を受け入れ、おおむね順調に高校生活を送っていた。加奈子は駅まで一緒に帰る梶原に、先の由佳の言葉を伝えた。

「友達がさ、この前のピーロランドで撮った写真見て梶原の事、褒めてたよ。『クロピーのイケポーズも霞むね』だってさ」

何気なく笑って伝えただけだった。しかし梶原は急に「違うだろ!」と声を荒げた。

「『クロピー』ってなんだよ! 『クロッピ』だろ! そこはちゃんとしろよ!! キャラクターの名前を間違えるなんて、言語道断だぞ!! クロッピに謝れ!!」

加奈子は梶原の剣幕に飲まれてぽかんとした。なじみのないキャラクター名を間違えることはあると思うのに、そこ、そんなに気にしなきゃ駄目な事か?

「……ちょっと間違えただけじゃない。そんなに怒らなくて立って良くない?」
「え……っ、あ、……そっかな……? ごっ、ごめんな、急に……」

加奈子の言葉に、急に言葉尻が弱くなる。……あれっ? なんか梶原の様子がおかしい。

「……あのさ、梶原。……もしかして、クロピー、好きだったりする……?」

なんとなくそう感じただけだった。しかし加奈子の言葉に梶原は大袈裟に反応した。

「いやっ! 好きとかじゃなくて……っ! ええ……と……、ああ、あの、妹が、好きみたいで……っ! それで……っ!」

あれっ? 梶原、一人っ子って言ってなかったっけ……。

「……梶原、妹居たの? 一人っ子って言ってたよね……?」

加奈子がそう返すと、梶原は、しまった! という顔をした。そして、以前加奈子がやったみたいに、天を仰いだ。……これは……。

「……梶原、……もしかして、クロピ―が好きだったとか……?」
「だから、なんで何回も間違うんだよ! 『クロッピ』だろ!」

半ばやけくそ、という感じで梶原が叫んだ。

「そーだよ! 俺はピーロランドが好きなんだよ!! この趣味は止められないけど、その所為で中学時代、笑いものにされたんだ! だから高校では隠し通そうと思ってたのに……っ!」

市原が名前間違えるからいけないんだぞ! とまで言われてしまった。えっ、それは責任転嫁じゃん?

しかし、成程。加奈子だけではなく、梶原も脛に傷を持つ身だったのか……。自然と口端が上がってしまう。

「……じゃあ、これからは一方的な脅しにはならないってわけね。梶原は私の秘密を、私は梶原の秘密を守る。つまり運命共同体、ってわけか」

にやり、と、きっと今、加奈子は悪い笑みを浮かべている。でも、ずっと一方的に弱みを握られていた時間は、形容しがたいくらいに屈辱的だったのだ。これでフェアだ。梶原が、がっくりと項垂れる。

「……ばらさないから、ばらさないでくれ……」
「勿論よ」

すっと手を出す。梶原も分かったようで、手を握り返してきた。それは恋人同士の握手ではなく、同盟を結んだ二人の握手だった。


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