梶原との付き合いは一年の時に同じクラスになったのがきっかけだった。加奈子が家を出る前に夜中の内に更新されたピッシブをチェックし、満員電車の中はさすがに誰に見られるか分からないから大人しくしていて、早めに学校に着いてピッシブのチェックの続きをしようとしていた時だった。グラウンドでは運動部が朝練をしていて、校内は人影まばらだった。加奈子は教室に入ると自席で一人、スマホを手の中に隠すようにしながらピッシブの朝の更新分を堪能していた。その時。

「あっ、ごめん!」

丁度加奈子の咳を通り過ぎようとしていたのか、梶原がドン! と加奈子の右ひじに左前腕部を当てた。その拍子に手からスマホが転げ落ちて、梶原の前に落ちた。

「あっ!」
「あ、ごめんごめん」

そう言って梶原は加奈子のスマホを拾った。……梶原はその画面を見てしまったらしい。ぎょっとした表情でそれが分かった。

あーーーーー、終わった……。華麗に高校デビューしてこれから彼氏を作って表向きの高校生活満喫して、晴れ晴れと卒業式を迎えようと思ったのに!!

OH、MY GOD、とはこのことだ。天を仰ぐ加奈子に梶原は、多少の動揺を顔に浮かべてスマホを見つめている。

「市原、そんな趣味だったんだ……」

そして、まじまじと加奈子の顔を見て梶原はそう言った。

あれっ、思ったより引かれてない? それとも、驚きすぎて顔が能面になっちゃった?

そう思ったが、それよりも梶原には口止めしておかないと、と思い、小さく手を合わせた。

「お願い! 梶原くん! スマホの中身のことについては忘れてくれないかな!?」
「ええ……? でも見ちゃったし……」
「そこを何とか!!」

真性腐女子と言えども、高校に来て華麗なるデビューを果たし、中学卒業式の暗黒の思い出から卒業するのだと己に誓ったのだ。是が非でもこの秘密はバラされたくない。

「ん~~、どうしようかなあ~~」

まるで猫が新しいおもちゃを見つけたみたいに加奈子をじわじわと攻めてくる。これはヤバい。なんか、嫌な人に弱み握られた予感……。そう思った時、梶原はこう言った。

「じゃあ、こうしよう。俺は市原さんのこと、美人で頭良くて、結構ポイント高いと思ってる。だから、俺と付き合わない?」

…………。

脳みそフリーズ。

えっ? 今この人、私と付き合うって言った?

真性の腐女子故、今まで男の子と付き合ったことなんてない。真性腐女子にいきなり高いハードルかましてきたな!!

「丁度いいんだよ。俺もこんなに外見でもてはやされるとは思ってなくて、虫よけ欲しいと思ってたとこなんだよね。市原さんは秘密を守れる。俺はギャラリーに有無を言わせない美人の市原さんという彼女が出来る。利害は一致しない?」

なんか頭おかしいこと言ってんな……? でも……。

「……念のため聞いとくけど、本当の彼女じゃなくて良いんだね? つまり、私たちは……『契約カップル』になるってこと?」
「そうだね」

スマホを片手ににっこりと笑ってるこの男は鬼かと思った。でも本当のお付き合いをしないなら、表面だけで誤魔化して、リアルお付き合いにならないのならいい。なんて言ったって加奈子にとって二次創作より勝るものはないんだから。それに、高校で彼氏を作る、という目標も(難は残るが)、達成できる。

「……分かった……。梶原くんと『契約カップル』になるわ……」

こうして加奈子と梶原の間に『契約』が結ばれた。


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