そして翌日。加奈子は清々しい気分で卒業式を迎えた。桜のつぼみは昨日と変わらずその先端にピンク色の花弁を滲ませている。そのピンク色同様、加奈子の心はもう新しい生活へと半分飛び立っていた。勿論残りの半分は、由佳との別れを惜しむものだ。
卒業式では卒業生代表として答辞を述べる梶原の姿を網膜に焼き付けた。あの姿ももう明日から見ることはない。なんだかんだと言って、梶原といたから楽しい高校生活だった。
やがて式もつつがなく終え、教室で担任から最後の挨拶を聞いたあと、由佳と一緒に校門を目指した。あそこを超えてしまうと、もう今までのように毎日会うことはなくなる。寂しかった。
「メッセ送るね」
「時々手紙も書くわ」
「一人暮らしの部屋、遊びに行っても良い?」
「いいよ、大歓迎!」
くすくすと笑いながらゆっくりと校門に近づく。校門の脇に植えられた大きな桜の木の下に、梶原が佇んでいた。それがこちらを見る。その表情が真剣で、……ただ卒業式だったから、という真面目な顔ではなかった。
(お……っ、ホントに覚悟を決めたんだな……。そうだよね、私と違って、梶原はもう、由佳と繋がりがなくなっちゃうんだもんね……)
それならもっと早くに行動に移せばよかったのに。そう思ったけど、じれじれと焦らされながら、別れの機会にならないと行動を起こせないキャラも、二次創作でかなり読んできた。読者としては焦らされたが、梶原と由佳が、晴れてハッピーエンドを迎えるなら、それも良いと思う。梶原は基本的に悪いやつではないし(ゆめかわオタクであるというだけで)、由佳は、超が付くほどいい子だ。
ホクホクとしながら、加奈子が由佳と歩いていると、桜の下に立っていた梶原がこっちへ来た。
(キタワアーーーーーーーー!!!)
いよいよここで梶原の一世一代の告白か!! そう思って半歩、由佳の後ろに控えた。そのとき。
「い……、い、市原!」
……、…………。
ぽかんと立ち尽くした加奈子に真っすぐの視線を向けているのは、間違いなく梶原だ。その光景を、頭の中で理解できない。
WHAT? なんつった? 今?
由佳は、半歩後ろに居た加奈子を振り向いてきらきらとした笑顔を浮かべている。
加奈子は慌てて梶原に声をかけた。
「梶原? 落ち着いて? あんたがこの場で声を上げるなら『生田』であってて、『市原』じゃないでしょ?」
最初の発音が『い』で、同じであったために、緊張のあまり混乱したのかと思った。しかし梶原は視線をそらさず加奈子を見る。
「おっ、俺は……っ、憧れの子よりも、ありのままの俺を受け入れてくれた、市原に、改めて交際を申し込みたい!」
ざわざわざわっ。
校門を行き過ぎようとしていた卒業生、見送りに並んでいた在校生。その全ての目が加奈子と梶原に注がれた。
ええええ、あんた、言ってたことと、違うじゃん!!
そう戸惑いつつも、何故かじわじわと嬉しさが込み上げてくる。これはなんだ。自分は梶原に惚れていたのか!?
「梶原、マジで言ってる? それって契約じゃなくて?」
「おう! 本気と書いてマジだ!!」
「マジか! どうしちゃったのあんた、ホントに!! でも梶原、東京行くんでしょ?」
加奈子は地元に残る。梶原との距離は、あまりにも遠い。加奈子がそう言うと、やっと梶原が不安そうに瞳を揺らした。
「……遠距離は、無理か……?」
遠距離になったら、今までみたいに顔は見れなくなる。当然、寂しい。……と思う。しかし、加奈子は腐女子だ。二次創作を大量に接種している為、妄想は得意だ。
「大丈夫! 梶原の一人暮らし、毎日妄想するから! エブリデイエブリタイム妄想で補完するから!」
どん! と胸を叩くと、梶原は不安そうな顔を一転させて、この春の青空みたいに晴れやかに笑った。
「お前、本当に残念な美人だな!」
「お互い様よ」
そう言って、加奈子は梶原の前に歩み出た。
右手を差し出して、握手をする。
「毎日、妄想日記送るわ。添削して」
「ホンットーに、お前って、残念美人!! でも、お前となら遠距離でも大丈夫って自信持てるわ!」
笑い声が、青空に吸い込まれていく。
卒業だ。卒業だ。学び舎からの卒業、そして。
契約カップルから卒業して、本当の恋人になる――――。