***


東林高校の文化祭は九月に行われ、生徒会執行部のその期の最後の仕事となる。文化祭が終われば、生徒会選挙が行われ、つまり、その年の文化祭の出来が、そのままその期の生徒会の成績となるのだ。梶原と加奈子は去年よりもいっそう真面目に取り組んだ。外部にも公開される東林高校の文化祭は、この地区では一番賑やかな文化祭だった。

加奈子は『生徒会執行部』という紺色の腕章を着けて構内を見回っていた。時々文化祭を楽しむのではなく、生徒や来訪者にいたずらをするために訪れる輩が居るからだ。此処まで見回った限りではそう言う輩は見つからなかったけど、校内を一巡してしまうまでは気を抜けなかった。去年は三年のクラスの前で幼児の迷子が発見されており、親子で見に来ている人たちにも安全な文化祭を届けたかった。

賑わっている廊下を生徒や来訪者を避けて歩く。その時。

前方から、キャーという女子の叫び声が聞こえた。歓声というよりは悲鳴。何かあった、と察知して加奈子は廊下を走った。人だかりをかき分けていくと、廊下の真ん中で由佳と香織が顔の赤い男の人に絡まれていた。……手に、缶ビールの缶を持っている。酔っ払っているのだ。

「なんだ、あんたたちクラスの出し物の客引きしてたんだろ。俺も入れてくれって言ってんだよ」

由佳と香織のクラスの出し物は不思議の国のカフェだった。二人でアリスブルーのワンピースに白いエプロンをし、『どうぞお立ち寄りください』というプレートを持っている。

「あの……、今、教室は満席で……」
「他の客には声かけてただろう!?」

こわごわと由佳が応じると、男の人は声を荒げた。

こんな行為で三年生最後の文化祭の思い出を汚させたくない。加奈子はそう思ってその騒動の中に割って入った。

「すみません。此処は高校です。学生が沢山居る中にお酒を持ち込んでもらっては困ります」

本当は、こんな風に女子に対して威圧的な男の人に立ち向かうのは怖かった。でも、何より由佳と香織が絡まれているのが、我慢ならなかったのだ。

こういう時、二次創作なら此処にさっと主人公が登場して、わき役を助けてくれる者なんだけど……、そう思いながら赤い顔をした男の人と対峙した。

「なんだあ? お前……。……あ~、なるほど生徒会ってやつかあ。じゃあ、お嬢ちゃん、俺をその権限で、つまみ出しとくれよ。おてて繋いで、さあ!?」

ぐい……っと手を引かれた。流石にぎょっとして身を固くしたけど大人の男の人の力は強かった。

引っ張られる!

そう思った時に、シュっと何かが擦れる音がしたかと思うと、引かれた手首を引き抜き、肩を庇ってくれた人が居た。

ハッとして体温の主を見ると、梶原だった。

「飲酒行為は校内で禁止されてます。生徒会会長の役目として、校外へ出て行ってもらいます」

加奈子が目を丸くして見上げた梶原は凛々しかった。まるで一年の頃に加奈子に見せていた……、そして今でも加奈子以外にはそう見せているであろう、頭脳明晰、スポーツ万能な生徒会長の梶原の顔だった。

……一ヶ月前に一緒に行った、コラボカフェでのクロピーにでろでろになっていた梶原とは、大違いだった……。