「……悪いやつじゃないんだよ、尾上は」

踊り場に座り込んだ笠寺がポツリと言った。

小春も笠寺の隣にしゃがみ込む。腕を膝に乗せて首を少し項垂れるようにしている笠寺のことを、小春はその隣からそっと覗き込んだ。なんだか、捨てられた子犬みたいで可哀想だ。

「……笠寺先輩の親友さんですもんね」

小春が言うと、笠寺は気弱にそれでも嬉しそうに笑った。

「あんな顔立ちだからさ、誤解されるんだけど、すっごい男気だし、でもすごく人にはやさしいんだぜ。……だから、俺、あいつの親友やれて、すっげー嬉しかったんだ」

話す笠寺が嬉しそうで、本当に彼のことが大好きなのだと分かる。小春も、親友の早紀のことは大好きだから、そういう気持ちはとってもよく分かる。早紀には幸せになって欲しいと思う小春の気持ちと、笠寺が尾上にプレゼントを贈りたいと思う気持ちは似ているんだと思う。

「だから、卒業して縁が切れるのが、やだなと思って」

その気持ちも分かるから頷くことで返事をする。笠寺はほっとしたみたいに笑った。どきり、と胸が弾んだ。

「今までの誕生日に、プレゼントなんてあげたことないんだ。尾上、物欲ないし、欲しいもんは全部自分で揃えるし」

その彼が、壊れたキーホルダーのことを言ったときに、じゃあ自分が探してあげるから、どんなのがいいのか教えてくれと頼んだとき、彼は本気にしてない様子で、キーホルダーの形状なんかのことを話したのだそうだ。

本気にしていなかった様子だったから、ますます意中の物を見つけてやろうと思った。まさか、人のものを見て、それが欲しいなんて言っていたとは思わなかったのだと言う。

「あんまり、初対面の人に興味持つ方じゃないし、だから、あんな風に初めて会った人に声を荒げるなんて、なかったんだぜ……?」

笠寺の言葉に、だったらやっぱり小春が知らないところで、自分が彼に何かをしてしまったのかもしれないと思った。

小春の心を抉った、あの視線。

「……じゃあ、私がなにか悪かったのかもしれませんね」
「竹内?」
「だって、私のキーホルダーのこと、知ってらっしゃったんだし、私が知らないうちに、尾上先輩の気に触ることを、何かしてたのかもしれない」

だから、小春が介在した笠寺からのキーホルダーを受け取らなかったんじゃないのだろうか。それでも、あの悔しそうな瞳の意味は、分からないけれど。

「……分からないけど」

笠寺が言葉を探しながら、言う。

「分からないけど、そんなこと、あって欲しくないと思うし……、ないんだとしたら、何であんなこと言ったのか、やっぱり分からないんだけど……」
「……あるんだと、思いますよ……」

あの瞳が、その表れだ。きっと、何かをしてしまったに違いない。

知らずとはいえ、何か不快な気持ちを与えてしまったのだとしたら、それは素直に謝りたい。そうして、他意はなかったと誤解を解いてもらって、笠寺のキーホルダーを受け取ってもらえたらいい。今のままでなんて、彼が言うように忘れることは出来ないし、捨てることだって出来ない。

忘れて欲しいと言ったくせに、自らの行動で小春に強烈な印象を残していることを、きっと彼は気付いていないに違いなかった。