ところがその翌週の水曜日、小春が帰宅しようと校門に向かっていると、なにやら校門のところで立たされんぼな笠寺を見つけてしまった。待ち合わせか何かかと思ったけど、それにしては、頭を項垂れてしゅんとした様子だ。何があったのだろうと、帰宅する学生が通るので賑わう校門の近くまで行くと、笠寺は一人で立っているわけではなかった。

項垂れる笠寺の隣に、むっつりと怒ったような顔の人。笠寺の親友の、尾上という人だ。

薄い金色の日差しの中で、髪の毛がその光を弾いている。ちょっと背は低いけれど、鼻筋の通った綺麗な顔立ち。笠寺とは別方向のイケメンで、画面越しにいるアイドルみたいなきれいさ。

しかし、どうしたんだろう?

主に、笠寺が、の意味でそう思って、そうして小春は校門のところの二人に近寄ってみた。すると、先に尾上が小春に気付いて、それから笠寺もこちらを見た。

「竹内……」
「先輩。どうしたんですか?」

笠寺が部活中には聞いたことのないような情けない声を出すものだから、心配になって駆け寄った。すると、尾上が笠寺と小春の間に割り込んできて、小春の視界に入ってきた。

「竹内小春さん」

名前を呼ばれて、ちょっと緊張が走る。どうして尾上はそんな怒った顔で小春のことを見るのだろうか。

「……はい」

ちょっと恐々返事をしたら、尾上はずいっと拳を差し出してきた。
手のひらを下に向けた、拳。それを小春の目の前に突き出している。

「これ、返す」

これ、と言われて、反射的に手を出してしまった。口をへの字に曲げた彼の拳から落とされたのは、間違いなく、この前笠寺と一緒にゲームコーナーでとったキーホルダーだった。ちゃんとチェックのリボンが巻かれている。

「え……、これ……」

手のひらのキーホルダーを見つめる小春の前で、二人は同時に声を発してきた。

「返しとく。君も気分悪いだろ」
「尾上、ひでぇぞ!」

怒った声で言う人の声に笠寺の声が被さる。それでも動じずに、その人は言った。

「君の付けてるキーホルダーを盗み見たのは、悪かった。これは返しておくから、これでこのことは忘れてくれ」
「尾上ぇ!」
「うるさい! 笠寺! お前も、頭働かせるんだったら、違う方に働かせろよ!」

思い切り嘆く笠寺の耳を引っ張って、その人は、じゃあ、と言って小春の前から立ち去っていった。笠寺の喚く声が随分遠くからも聞こえていて、一体何が起こったのだろうと考えてしまった。

「…………」

手のひらに残された、キーホルダー。

尾上は笠寺からちゃんとキーホルダーを受け取っていたようだった。なのに、これを要らないと返してきた。この前の笠寺の話だと、このキーホルダーは彼の要望にとても合っている物のはずだし、だったら何故これを返してきたのだろうか。

彼の先刻の言葉を思い出す。

彼は、小春のキーホルダーを盗み見た、と言ってなかっただろうか。別に鞄に付いているキーホルダーだから、通りすがりに目に付いたくらいのことはよくある話だ。そしてそれをたまたま気に入ってしまうっていうことも、ないとは言い切れないだろう。だから、彼が申し訳なく思う必要もないと思うのだけど、何が彼にそんなに罪悪感を覚えさせているのだろうか。

同級生の男子の山澤もゆるキャラ好きで、小春のキーホルダーのクマの絵の付いた定規を持っている。だから、同じ物を好んだからと言って、別に嫌な気持ちにはならないと思うけど…。(まあ、リボンはどうかと思うけど)

「それ、ヘン」と言われるよりも、「それいいね」と言われたほうが嬉しいし、同じ物を欲しいと思われるようなことがあったら、それはそれでイイ気分なものだ。(相手にもよるのかもしれないけれど)

小春は自分のキーホルダーをそれなりに気に入っていたし(だってリボンを巻くくらいなんだから)、たかがキーホルダーだけど、同じものが欲しいなんて、自分のセンスを認められたような気がして悪くない。(だってリボンを巻くくらい好きなのだし)

もし、そこを彼が誤解しているのだったら、それは解いてあげたいし、笠寺の気持ちのためにもこれは彼に持っていて欲しいと思う。

もう、声も聞こえないくらいに遠くに消えてしまった彼らを、明日探そうと思う。そして、笠寺の気持ちのことをちゃんと話して、自分も別にイヤな気持ちではないと伝えて、これを彼に貰ってもらおう。笠寺の、彼を大事に思う気持ちが、それで届けばいいと思った。