「ボクのことは放っといてくれ!」
と、お怒りのニディアを部屋の隅に置いたまま、俺は家の仕事をこなしつつ、いつものようにリーバのおむつを変えたり、離乳食をあげたり、そうこうしているうちに、おやつの時間になった。
「今日のおやつはゼリーだよー。あ、じゃなかった。セリーだよー」
声をかければ、ライゴが大慌てで走ってくる。
「セリー!? 大好きーっ」
「ほらほら、先におもちゃを片付けて、手を洗ってからだよ」
俺の言葉にライゴは大慌てでおもちゃを片付ける。
部屋の隅で絵本を読んでいたニディアもチラチラとこちらを伺っているようだ。
ゼリー、好きなのかな?
昨夜のうちに仕込んでおいた、俺の特製三層ゼリー。
星型のゼリーが入って星空みたいで綺麗だと、向こうでも評判だった一作だ。
まあ、こっちに星があるのかどうかは知らないが。
手洗いまで済ませて最初に来たのはシェルカだった。
俺はその頭をよしよしとたっぷり撫でて、スプーンとゼリーを渡す。
うっとりと目を細める姿が愛らしい。
ライゴもシェルカも、人型になってもやはり撫でられるのが好きみたいだ。
次に、慌ててやってきたライゴにも同じ事をして、それからニディアに声をかけた。
「ニディアも一緒に食べないかー?」
「……仕方ない、食べてやってもいいぞ」
どんだけ素直じゃないんだよ。
いや、ある意味素直か??
俺は内心首を傾げながらニディアにスプーンとゼリーを渡した。
流石に撫ではしない。
リーバにも、膝の上でリンゴとニンジンのようなものをすりおろしてゼリーと合わせたものを食べさせてやる。
ライゴとシェルカは「おいしーおいしー」と連呼しながらもぐもぐ食べている。
相変わらず可愛い子たちだ。
「……なかなかうまいじゃないか」
お?
ニディアの言葉にそちらを見れば、ちょっとだけ不服そうに口を尖らせながらも、スプーンを繰り返し口元に運ぶ姿があった。
「お褒めに預かり光栄だね」
俺が答えれば、ニディアが言う。
「ふん。最初からそういう殊勝な態度でいればいいんだよ」
これは結構……会話ができそうじゃないか?
確かに、ザルイルさんも気性が荒い種だとは言ったが、悪い子だと言われたわけじゃないしな。
本人の納得できない環境に無理矢理放りこまれたんだ。そりゃ怒りもするよな。
リーバが寝たので、そっとサークルの中に下ろす。着地は成功だ。
「お待たせ。どこまでできた?」
俺は子供部屋の低いテーブルで折り紙をしていたシェルカの元に向かう。
最近シェルカは折り紙にハマっていた。
シェルカはライゴの妹ではあったが、人型ではそこまで年齢差を感じないな。
男女差だろうか。小さい頃は女の子の方がなんでも器用にできるしな。
今日のシェルカはふわふわのピンクの髪を左右で緩く三つ編みにしておさげにしていた。
今日も可愛いなと思いながらそのふわふわの頭を撫でると、シェルカは紫色の瞳を嬉しげに細めた。
「ここまでできたのか、早いな。次はこうやって……」
折り方の図を紙に書いてやってはあるが、俺はそこまでたくさんの折り紙バリエーションがない。
この世界にも折り紙の本とか探せばあんのかな……。
少なくとも、この家の子ども用の本棚には、それらしき本はなかった。
二人でせっせとコマを折っていると、後ろからニディアが覗き込んでくる。
「……なんだこれは……」
もしかしたら、折り紙自体がこっちにはない文化なのかも知れないな。
「これは、紙を折って形を作る遊びだよ。ニディアもやってみるか?」
「……やってやらんこともない」
俺は苦笑を堪えつつ、折り紙を渡す。
といっても、色紙を正方形に切った手作りの折り紙なので、ちょっとだけ歪んでんだよなぁ……。
風船、船。やっこさんにパカパカ占い……と、ニディアは流石に手先も器用で次々作ってゆく。
その横で、ようやくシェルカがコマを完成させた。
これは二枚で一つになるやつで、よく回るんだが、折る手順も結構多くてシェルカの歳だとそこそこ難しいんだよな。
「ついに完成だな。よく頑張ったぞ。 回してみようか?」
「う、うんっ」
俺が回していいと言うので、若干ずれてた中心をそっと直しつつ回してやれば、歓声が上がった。
「わあっ」「すごい……」
その声に、ライゴもやってくる。
「なになに?」
そうなると思って作っておいたコマを、ライゴにも渡してやる。
「これ、コマって言うんだ。こうやって持って、回してごらん」
ライゴが「すごいすごい」と連呼して、嬉しそうにコマを持ってゆく。
「平らなとこで回せよー」
「はーい」
うずうずしているニディアにも、シェルカが見本にしていたコマを渡してやろうと振り返ったら、シェルカのコマがバラバラなっていた。
「ひどい……」
シェルカの落とした小さな声に、ニディアがびくりと肩を揺らす。
まずいな。
「シェル……」
「わざとじゃない!!」
ニディアの上げた大声に、部屋中がビリリと揺れる。
「……わざとじゃないのはわかってるよ。これは二つのパーツを組み合わせてるだけだから、すぐ外れるんだ。戻せばいい」
言いながら、俺はコマを拾い上げて元に戻す。
二人から、ホッとした気配を感じる。
……どうしたもんかな。このままにしておく方がいいのかも知れないが……。
俺はシェルカを見る。シェルカはやはり、まだ悲しみを瞳に浮かべていた。
俺は一呼吸だけおいて、ニディアの前にかがみ込んで、声をかける。
「……それでも、相手を傷つけてしまった時には、その相手を傷つけてしまったという点において謝る必要があると、俺は思うよ」
金色の瞳が、怒りを宿してカッと六つ見開かれる。
うお。人型になってもさすがドラゴン。すごい迫力があるな……。
「ボクに指図するのか!?」
指図だったか!?
「許さん!」
怒りを剥き出しにしたニディアの口元に、グググと立派な牙が現れる。
向こうでリーバちゃんが泣き出したのも気になるが、ひとまずシェルカを後ろへ下がらせる。
「お前なんか食ってやる!」
宣言されて、俺はザルイルに渡された拘束用アイテムの腕輪に手をかける。
一瞬、ニディアが怯む。
どうやら、彼はこれがなんだか知っているらしい。
……ってことは、この子は今までもこんな風に、園で暴れては拘束されてたって事なのか……?
ザルイルは、そうさせたくなくて、俺のとこに連れてきたのに……?
「できる物ならやってみろ! どうせ使い捨ての拘束具なんて長く持たない! 拘束時間が切れた時が、お前の最後だ!」
言われて、なるほどと思う。その通りだよな。
ここでニディアを拘束したところで、何も解決しないじゃないか。
いや、というか今まで俺はどうしてた?
注意に暴れたり反発するような子は、今までだっていたじゃないか。
そんな時は……。
ニディアが、拘束覚悟で俺に飛びかかる。
ガブリ、と硬いものが肩に食い込む感触。
「いっ……」
「くそっ防御術か!」
ニディアが忌々しげに耳元で吠える。
……いや、十分貫通しましたけど???
って、これ防御されてなかったら、俺の肩食いちぎられてたって事か!?
ドラゴン怖すぎるわ!!
俺は、心で叫びつつも、痛みを堪えてニディアの背を撫でる。
「よしよし……」
「!?」
「ニディアも、わざとじゃなかったのにコマが壊れてびっくりしたもんな」
「お前…………、拘束具は使わなかったのか?」
ようやくニディアはそれに気付いたらしい。
拘束される覚悟で一撃入れにくるなんて、本当に根性あるよなぁ。
俺は、苦笑しつつ答える。
「話して分かる相手に、使うもんじゃないなと思ったんだよ」
「話して……わかる相手……」
ニディアが俺の言葉を繰り返す。
「ああ、俺もニディアも、こうして会話ができるだろ?」
「…………そう、だな……」
それきり黙ってしまったニディアだが、大人しく俺の腕の中で撫でられてるんだから、しばらくこのままがいいか……?
けど向こうで泣き出したリーバちゃんの様子を見に行った方がいいな……。
「ちょっと移動するぞ。リーバちゃんが泣いてるからな」
怪我のない方の腕で抱き上げれば、ニディアは慌てるようにギュッと俺にしがみついた。
「ヨ……ヨーへー……怪我……」
震える声に振り返れば、シェルカが震えている。
しまった。シェルカを怯えさせてしまったか。
「シェルカ、治る水を汲んできてくれる?」
俺が笑って言うと、シェルカは恐怖に引き攣った顔をちょっとだけ緩ませて、慌てて駆け出した。
うーん……、シェルカに関しては、血を見せてしまったのは不味かったかもしれないな。
それでもなんとか一日目は無事に終わった。
子どもたちは、三人一緒に子ども部屋で寝ている。
ニディアは一人で風呂にも入れると言って一人で入ってしまったし、歯磨きも自分だけでいいと言っていた。なんとか頼み込んで仕上げ磨きはさせてもらったが、あれだけちゃんと磨けているなら、明日以降は無理にしなくてもいいかも知れないな。
そんな事を思い返しながら、俺は明日の遊びに使うための道具を作っていた。
明日はなんとか、ニディアとシェルカの間のギクシャクした感じを取っ払ってやりたいな。
針金で作った枠に、くるくるとボロ布を巻きつけつつ、船をこぐ。
これで……、一緒に、遊んでくれれ、ば……。
俺は作業したまま寝てしまったのか、気付けば布団に寝かされていた。
ザルイルが運んでくれたんだろうか。
まあ、ザルイルからすれば俺なんてさぞ軽い物なんだろうけれど。
軽いと言えば、俺は近頃、物を動かす力の使い方に慣れてきて、通常サイズの自分の体なら、大きな自分の両手で掴んで持ち上げるイメージで、空中を移動できるようになった。
一見空を飛んでいる感じだ。
パチの一件の後で、ザルイルが俺にこういう応用の使い方を教えてくれた。
この、物を動かす力はザルイルの力を借りて使っている物だが、それが軽い物であれば一日中使っていてもそこまでの負担ではないらしい。
俺は、いつもの朝からの家事とリーバちゃんの世話をひと段落させて、子ども部屋でそれぞれバラバラに遊んでいた三人を振り返る。
「三人ともー。シャボン玉で遊んでみないかー?」
「「しゃぼんだま?」」「……と言うのは何だ」
「よーく見てろよー」
言って、俺は昨日作った大きな輪を操って、大きなシャボン玉を巣の上空に作ってみせた。
「わああああ!」
「すごーーーい」
「綺麗だ……」
三人の歓声を聞けば、昨夜の頑張りも報われるってもんだ。
俺は、特製プレンドシャボン液の出来に頷いた。
三人に一つずつ輪を渡す。
よしよし、夢中で遊んでるな。
その間に、俺はとっておきの仕掛けを引っ張り出す。
「ヨーへー、何してるのー?」
シェルカがととと。と近寄ってきた。
「うん。これでよし。と。シェルカ、そこの丸の中に立ってごらん」
「? こう?」
「そうそう。しばらくそのままな。ニディア、こっちの丸に入ってくれるか?」
「仕方ないな。入ってやらんこともないぞ」
相変わらず素直なんだかひねてるんだか分からん事を言いながら、ニディアがスッと丸の中に入る。
「いくぞー」
俺は、二人の間を、虹を描くようにチューブ状のシャボン玉で繋げた。
「わあーっ」「これは見事だ……」
二人の視線が、シャボン玉の内側を辿って交差する。
ちょっとだけ戸惑う素振りを見せてから、シェルカがにっこり微笑んだ。
おっ。えらいぞ。昨日の風呂でのアドバイスが活かせてるみたいだ。
昨日、俺はシェルカに『ニディアが怖いか?』と聞いてみた。
すると、意外なことに『怖くない』と言う。
噛み付いてきた時のニディアは怖かったらしいが、その後、リーバの世話をする間俺にひっ付きっぱなしだったニディアを見て、ニディアは親と離れて寂しいんだなと思ったらしい。
シェルカが『仲良くなりたい』と健気な事を言ってくれたので、それなら、目が合った時には、にっこり笑うといいよ。と伝えた。
ニディアが、シェルカの微笑み……と言っても若干ぎこちないが、を受けて金色の目を丸くする。
ふわり、とニディアが笑って言った。
「繋がったな」
シェルカが今度は心からの笑顔で笑う。
そこまででシャボン玉は弾けてしまったが、二人の心はちゃんと繋がったようだ。
「昨日は、コマを壊してしまって、すまなかった」
おおお!?
さすが誇り高いドラゴン族。あ、いやトラコンか。
ともあれ、しっかり謝れるなんて偉いな!!
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう……」
おおおおっ、シェルカの返しも優しくて可愛いなぁ!!
そこまでで、リーバの泣き声に俺は一旦引っ込んでしまったが、リーバを抱いて戻ってくれば、二人は仲良く一緒に遊んでいた。
うんうん。よかったよかった。
それにしてもリーバが今日は本当によく泣くなぁ。
朝からリリアさんにも『昨夜からむずがってるから、そろそろ脱皮するかもぉ』と言われていたが、脱皮…………。
脱皮し始めたら、触れずに様子を見ておけばいいと言われたが、そういう物……なのか……?
『皮の中で引っかかって出てこれないようだったら、めくってあげてねぇ』
という一言が結構重い……。
できるなら、家庭にいる間に脱皮してくれよ……。と願いながら、俺はリーバをあやした。
三人並んで眠る寝室から抜け出して、扉をそっと閉じる。
ニディアとシェルカは手を繋いで眠っていた。
いやぁ可愛いなぁ。
今日はあれからずーっと一緒に遊んでたもんな。
シェルカにとったら年上男子かー。
そんな事を考えながら、俺はウキウキと紙を切る。
明日は、子ども達の大好きなお店屋さんごっこをさせてやろう。
あの二人なら、やり取り遊びも十分できそうだし、ライゴもお客さん役を喜んでやりそうだ。
ニディアならトッピングが色々選べるピザ屋さんでもいいな。
シェルカには器に入れて完成するような簡単なのがいいだろうな。
俺は、棚に残った材料と睨み合いつつ、ああでもないこうでもない。と工作をする。
「ヨウヘイ、まだやっているのか? あまり根をつめていると体を壊すぞ」
不意に声をかけられて顔を上げれば、ザルイルが覗き込んでいた。
「ああ、すみません、そろそろ体を返さないとですよね……」
もうザルイルも寝る時間だ。
「いや、それは良いんだが……、何か私に手伝える事はないか?」
えっ、……えええ?
いやいや、こんなダンディな人が、ハサミでチョキチョキとか似合わないよな。
ザルイルは、俺に体を分けるついでに。と、最近人型をとっている。
俺が、ザルイルさんをどんな風にみているのか知りたいと言っていた。
普段はもふもふすぎて、どんな体型なのもよくわからないのだが、俺は彼の紳士的な態度に『紳士』を感じていたからか、人型の彼はそれはもう英国紳士然とした装いをしていた。
「い、いや、もうすぐ終わるんで、先に休んでいてください」
俺が答えれば、ザルイルは少し悲しげに肩を落とす。
えっ、手伝いたかった……のか……?
「ヨウヘイ……。君にばかり、無理をさせてしまって、すまない……」
「あ、いや、これは俺が好きでやってる事なんで、気にしないでくださいっ」
慌ててバタバタと手を振って告げれば、ザルイルが端正に整った顔で苦笑する。
うわぁ……美人ってやつは、男女問わず目の保養だなあ。
「君のおかげで、子どもたちは毎日本当に楽しそうだ。感謝している。私は、君に会えて本当によかった……」
うっ……。やばい。そんなふうに言われると嬉し過ぎて涙腺が緩みそうだ。
「俺こそ。良い人に拾ってもらえて、助かりました」
何とか涙を堪えて答えると、ザルイルは美しく微笑んだ。
***
翌日、リリアさんは「今日には脱げると思うんだけどぉ」と言いながらリーバを俺に預けて行った。
「子どもの時期は、脱皮不全で死ぬ子が多いのよねぇ。よく見ておいてねぇ」
と不吉な言葉を残して。
いや、今日脱げそうなら、今日はお仕事を休まれてはいかがですか???
思わず喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、俺はリーバを抱き上げた。
ニディアを預かるのも、今日で最後だな。
今日一日、何事もなければいいんだが……。
リーバは午前中をほとんど寝る事なく、ぐずぐずで過ごした。
「どうした、むずむずしてるのか?」
声をかければ「ぴぇぇ」と答えるように小さな泣き声が戻ってくる。
うーん。俺にはよくわからんが、脱皮って大変なんだなぁ。
ぐずりつつも、抱いていれば大泣きはしない程度のリーバをあやしつつ、俺はお店屋さんごっこの店舗を並べる。
「わぁーなになにー? 今日は何するのー?」
真っ先にやってきたのはライゴだ。
「今日はな、お店屋さんごっこだぞー」
「お店やさん?」
シェルカが首を傾げる。
「なるほど、屋台販売の真似事だな」
ニディアが納得と言うように頷いている。
「お店屋さんの衣装もあるぞー」
紙製の簡易的なやつではあったが、サンバイザー風の帽子やらを用意しておいた。
子どもがこういう、紙とかビニールの服を嬉々として身につけてる姿って可愛いんだよな。
この世界ではまだビニールは見てないけどな……。
ん? なんかあったか?
衣装を選んでいたはずの二人が立ち尽くしている。
見れば、シェルカのために用意しておいたお姫様ドレスの前にシェルカとニディアが立っていた。
「どうしたんだ?」
険悪なムードではない事にホッとしながら俺は声をかける。
どうやらお互い、相手のためにと譲り合っていたようだ。
「こっちに王子様の衣装もあるぞ。ニディアはこっちにするか?」
途端、ニディアから怒気が漂う。
えっ、な、なんだ……!?
「お前……ボクのことを……男だと思ってないか……???」
怒りの込められた低い声で、ニディアが問う。
グルルという唸り声が部屋中に響く。
………………ん…………?
ニディアは巣が震えるほどの音量で、怒声を上げた。
「ボクは!! 女だーーーーーーっっ!!!」
と、お怒りのニディアを部屋の隅に置いたまま、俺は家の仕事をこなしつつ、いつものようにリーバのおむつを変えたり、離乳食をあげたり、そうこうしているうちに、おやつの時間になった。
「今日のおやつはゼリーだよー。あ、じゃなかった。セリーだよー」
声をかければ、ライゴが大慌てで走ってくる。
「セリー!? 大好きーっ」
「ほらほら、先におもちゃを片付けて、手を洗ってからだよ」
俺の言葉にライゴは大慌てでおもちゃを片付ける。
部屋の隅で絵本を読んでいたニディアもチラチラとこちらを伺っているようだ。
ゼリー、好きなのかな?
昨夜のうちに仕込んでおいた、俺の特製三層ゼリー。
星型のゼリーが入って星空みたいで綺麗だと、向こうでも評判だった一作だ。
まあ、こっちに星があるのかどうかは知らないが。
手洗いまで済ませて最初に来たのはシェルカだった。
俺はその頭をよしよしとたっぷり撫でて、スプーンとゼリーを渡す。
うっとりと目を細める姿が愛らしい。
ライゴもシェルカも、人型になってもやはり撫でられるのが好きみたいだ。
次に、慌ててやってきたライゴにも同じ事をして、それからニディアに声をかけた。
「ニディアも一緒に食べないかー?」
「……仕方ない、食べてやってもいいぞ」
どんだけ素直じゃないんだよ。
いや、ある意味素直か??
俺は内心首を傾げながらニディアにスプーンとゼリーを渡した。
流石に撫ではしない。
リーバにも、膝の上でリンゴとニンジンのようなものをすりおろしてゼリーと合わせたものを食べさせてやる。
ライゴとシェルカは「おいしーおいしー」と連呼しながらもぐもぐ食べている。
相変わらず可愛い子たちだ。
「……なかなかうまいじゃないか」
お?
ニディアの言葉にそちらを見れば、ちょっとだけ不服そうに口を尖らせながらも、スプーンを繰り返し口元に運ぶ姿があった。
「お褒めに預かり光栄だね」
俺が答えれば、ニディアが言う。
「ふん。最初からそういう殊勝な態度でいればいいんだよ」
これは結構……会話ができそうじゃないか?
確かに、ザルイルさんも気性が荒い種だとは言ったが、悪い子だと言われたわけじゃないしな。
本人の納得できない環境に無理矢理放りこまれたんだ。そりゃ怒りもするよな。
リーバが寝たので、そっとサークルの中に下ろす。着地は成功だ。
「お待たせ。どこまでできた?」
俺は子供部屋の低いテーブルで折り紙をしていたシェルカの元に向かう。
最近シェルカは折り紙にハマっていた。
シェルカはライゴの妹ではあったが、人型ではそこまで年齢差を感じないな。
男女差だろうか。小さい頃は女の子の方がなんでも器用にできるしな。
今日のシェルカはふわふわのピンクの髪を左右で緩く三つ編みにしておさげにしていた。
今日も可愛いなと思いながらそのふわふわの頭を撫でると、シェルカは紫色の瞳を嬉しげに細めた。
「ここまでできたのか、早いな。次はこうやって……」
折り方の図を紙に書いてやってはあるが、俺はそこまでたくさんの折り紙バリエーションがない。
この世界にも折り紙の本とか探せばあんのかな……。
少なくとも、この家の子ども用の本棚には、それらしき本はなかった。
二人でせっせとコマを折っていると、後ろからニディアが覗き込んでくる。
「……なんだこれは……」
もしかしたら、折り紙自体がこっちにはない文化なのかも知れないな。
「これは、紙を折って形を作る遊びだよ。ニディアもやってみるか?」
「……やってやらんこともない」
俺は苦笑を堪えつつ、折り紙を渡す。
といっても、色紙を正方形に切った手作りの折り紙なので、ちょっとだけ歪んでんだよなぁ……。
風船、船。やっこさんにパカパカ占い……と、ニディアは流石に手先も器用で次々作ってゆく。
その横で、ようやくシェルカがコマを完成させた。
これは二枚で一つになるやつで、よく回るんだが、折る手順も結構多くてシェルカの歳だとそこそこ難しいんだよな。
「ついに完成だな。よく頑張ったぞ。 回してみようか?」
「う、うんっ」
俺が回していいと言うので、若干ずれてた中心をそっと直しつつ回してやれば、歓声が上がった。
「わあっ」「すごい……」
その声に、ライゴもやってくる。
「なになに?」
そうなると思って作っておいたコマを、ライゴにも渡してやる。
「これ、コマって言うんだ。こうやって持って、回してごらん」
ライゴが「すごいすごい」と連呼して、嬉しそうにコマを持ってゆく。
「平らなとこで回せよー」
「はーい」
うずうずしているニディアにも、シェルカが見本にしていたコマを渡してやろうと振り返ったら、シェルカのコマがバラバラなっていた。
「ひどい……」
シェルカの落とした小さな声に、ニディアがびくりと肩を揺らす。
まずいな。
「シェル……」
「わざとじゃない!!」
ニディアの上げた大声に、部屋中がビリリと揺れる。
「……わざとじゃないのはわかってるよ。これは二つのパーツを組み合わせてるだけだから、すぐ外れるんだ。戻せばいい」
言いながら、俺はコマを拾い上げて元に戻す。
二人から、ホッとした気配を感じる。
……どうしたもんかな。このままにしておく方がいいのかも知れないが……。
俺はシェルカを見る。シェルカはやはり、まだ悲しみを瞳に浮かべていた。
俺は一呼吸だけおいて、ニディアの前にかがみ込んで、声をかける。
「……それでも、相手を傷つけてしまった時には、その相手を傷つけてしまったという点において謝る必要があると、俺は思うよ」
金色の瞳が、怒りを宿してカッと六つ見開かれる。
うお。人型になってもさすがドラゴン。すごい迫力があるな……。
「ボクに指図するのか!?」
指図だったか!?
「許さん!」
怒りを剥き出しにしたニディアの口元に、グググと立派な牙が現れる。
向こうでリーバちゃんが泣き出したのも気になるが、ひとまずシェルカを後ろへ下がらせる。
「お前なんか食ってやる!」
宣言されて、俺はザルイルに渡された拘束用アイテムの腕輪に手をかける。
一瞬、ニディアが怯む。
どうやら、彼はこれがなんだか知っているらしい。
……ってことは、この子は今までもこんな風に、園で暴れては拘束されてたって事なのか……?
ザルイルは、そうさせたくなくて、俺のとこに連れてきたのに……?
「できる物ならやってみろ! どうせ使い捨ての拘束具なんて長く持たない! 拘束時間が切れた時が、お前の最後だ!」
言われて、なるほどと思う。その通りだよな。
ここでニディアを拘束したところで、何も解決しないじゃないか。
いや、というか今まで俺はどうしてた?
注意に暴れたり反発するような子は、今までだっていたじゃないか。
そんな時は……。
ニディアが、拘束覚悟で俺に飛びかかる。
ガブリ、と硬いものが肩に食い込む感触。
「いっ……」
「くそっ防御術か!」
ニディアが忌々しげに耳元で吠える。
……いや、十分貫通しましたけど???
って、これ防御されてなかったら、俺の肩食いちぎられてたって事か!?
ドラゴン怖すぎるわ!!
俺は、心で叫びつつも、痛みを堪えてニディアの背を撫でる。
「よしよし……」
「!?」
「ニディアも、わざとじゃなかったのにコマが壊れてびっくりしたもんな」
「お前…………、拘束具は使わなかったのか?」
ようやくニディアはそれに気付いたらしい。
拘束される覚悟で一撃入れにくるなんて、本当に根性あるよなぁ。
俺は、苦笑しつつ答える。
「話して分かる相手に、使うもんじゃないなと思ったんだよ」
「話して……わかる相手……」
ニディアが俺の言葉を繰り返す。
「ああ、俺もニディアも、こうして会話ができるだろ?」
「…………そう、だな……」
それきり黙ってしまったニディアだが、大人しく俺の腕の中で撫でられてるんだから、しばらくこのままがいいか……?
けど向こうで泣き出したリーバちゃんの様子を見に行った方がいいな……。
「ちょっと移動するぞ。リーバちゃんが泣いてるからな」
怪我のない方の腕で抱き上げれば、ニディアは慌てるようにギュッと俺にしがみついた。
「ヨ……ヨーへー……怪我……」
震える声に振り返れば、シェルカが震えている。
しまった。シェルカを怯えさせてしまったか。
「シェルカ、治る水を汲んできてくれる?」
俺が笑って言うと、シェルカは恐怖に引き攣った顔をちょっとだけ緩ませて、慌てて駆け出した。
うーん……、シェルカに関しては、血を見せてしまったのは不味かったかもしれないな。
それでもなんとか一日目は無事に終わった。
子どもたちは、三人一緒に子ども部屋で寝ている。
ニディアは一人で風呂にも入れると言って一人で入ってしまったし、歯磨きも自分だけでいいと言っていた。なんとか頼み込んで仕上げ磨きはさせてもらったが、あれだけちゃんと磨けているなら、明日以降は無理にしなくてもいいかも知れないな。
そんな事を思い返しながら、俺は明日の遊びに使うための道具を作っていた。
明日はなんとか、ニディアとシェルカの間のギクシャクした感じを取っ払ってやりたいな。
針金で作った枠に、くるくるとボロ布を巻きつけつつ、船をこぐ。
これで……、一緒に、遊んでくれれ、ば……。
俺は作業したまま寝てしまったのか、気付けば布団に寝かされていた。
ザルイルが運んでくれたんだろうか。
まあ、ザルイルからすれば俺なんてさぞ軽い物なんだろうけれど。
軽いと言えば、俺は近頃、物を動かす力の使い方に慣れてきて、通常サイズの自分の体なら、大きな自分の両手で掴んで持ち上げるイメージで、空中を移動できるようになった。
一見空を飛んでいる感じだ。
パチの一件の後で、ザルイルが俺にこういう応用の使い方を教えてくれた。
この、物を動かす力はザルイルの力を借りて使っている物だが、それが軽い物であれば一日中使っていてもそこまでの負担ではないらしい。
俺は、いつもの朝からの家事とリーバちゃんの世話をひと段落させて、子ども部屋でそれぞれバラバラに遊んでいた三人を振り返る。
「三人ともー。シャボン玉で遊んでみないかー?」
「「しゃぼんだま?」」「……と言うのは何だ」
「よーく見てろよー」
言って、俺は昨日作った大きな輪を操って、大きなシャボン玉を巣の上空に作ってみせた。
「わああああ!」
「すごーーーい」
「綺麗だ……」
三人の歓声を聞けば、昨夜の頑張りも報われるってもんだ。
俺は、特製プレンドシャボン液の出来に頷いた。
三人に一つずつ輪を渡す。
よしよし、夢中で遊んでるな。
その間に、俺はとっておきの仕掛けを引っ張り出す。
「ヨーへー、何してるのー?」
シェルカがととと。と近寄ってきた。
「うん。これでよし。と。シェルカ、そこの丸の中に立ってごらん」
「? こう?」
「そうそう。しばらくそのままな。ニディア、こっちの丸に入ってくれるか?」
「仕方ないな。入ってやらんこともないぞ」
相変わらず素直なんだかひねてるんだか分からん事を言いながら、ニディアがスッと丸の中に入る。
「いくぞー」
俺は、二人の間を、虹を描くようにチューブ状のシャボン玉で繋げた。
「わあーっ」「これは見事だ……」
二人の視線が、シャボン玉の内側を辿って交差する。
ちょっとだけ戸惑う素振りを見せてから、シェルカがにっこり微笑んだ。
おっ。えらいぞ。昨日の風呂でのアドバイスが活かせてるみたいだ。
昨日、俺はシェルカに『ニディアが怖いか?』と聞いてみた。
すると、意外なことに『怖くない』と言う。
噛み付いてきた時のニディアは怖かったらしいが、その後、リーバの世話をする間俺にひっ付きっぱなしだったニディアを見て、ニディアは親と離れて寂しいんだなと思ったらしい。
シェルカが『仲良くなりたい』と健気な事を言ってくれたので、それなら、目が合った時には、にっこり笑うといいよ。と伝えた。
ニディアが、シェルカの微笑み……と言っても若干ぎこちないが、を受けて金色の目を丸くする。
ふわり、とニディアが笑って言った。
「繋がったな」
シェルカが今度は心からの笑顔で笑う。
そこまででシャボン玉は弾けてしまったが、二人の心はちゃんと繋がったようだ。
「昨日は、コマを壊してしまって、すまなかった」
おおお!?
さすが誇り高いドラゴン族。あ、いやトラコンか。
ともあれ、しっかり謝れるなんて偉いな!!
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう……」
おおおおっ、シェルカの返しも優しくて可愛いなぁ!!
そこまでで、リーバの泣き声に俺は一旦引っ込んでしまったが、リーバを抱いて戻ってくれば、二人は仲良く一緒に遊んでいた。
うんうん。よかったよかった。
それにしてもリーバが今日は本当によく泣くなぁ。
朝からリリアさんにも『昨夜からむずがってるから、そろそろ脱皮するかもぉ』と言われていたが、脱皮…………。
脱皮し始めたら、触れずに様子を見ておけばいいと言われたが、そういう物……なのか……?
『皮の中で引っかかって出てこれないようだったら、めくってあげてねぇ』
という一言が結構重い……。
できるなら、家庭にいる間に脱皮してくれよ……。と願いながら、俺はリーバをあやした。
三人並んで眠る寝室から抜け出して、扉をそっと閉じる。
ニディアとシェルカは手を繋いで眠っていた。
いやぁ可愛いなぁ。
今日はあれからずーっと一緒に遊んでたもんな。
シェルカにとったら年上男子かー。
そんな事を考えながら、俺はウキウキと紙を切る。
明日は、子ども達の大好きなお店屋さんごっこをさせてやろう。
あの二人なら、やり取り遊びも十分できそうだし、ライゴもお客さん役を喜んでやりそうだ。
ニディアならトッピングが色々選べるピザ屋さんでもいいな。
シェルカには器に入れて完成するような簡単なのがいいだろうな。
俺は、棚に残った材料と睨み合いつつ、ああでもないこうでもない。と工作をする。
「ヨウヘイ、まだやっているのか? あまり根をつめていると体を壊すぞ」
不意に声をかけられて顔を上げれば、ザルイルが覗き込んでいた。
「ああ、すみません、そろそろ体を返さないとですよね……」
もうザルイルも寝る時間だ。
「いや、それは良いんだが……、何か私に手伝える事はないか?」
えっ、……えええ?
いやいや、こんなダンディな人が、ハサミでチョキチョキとか似合わないよな。
ザルイルは、俺に体を分けるついでに。と、最近人型をとっている。
俺が、ザルイルさんをどんな風にみているのか知りたいと言っていた。
普段はもふもふすぎて、どんな体型なのもよくわからないのだが、俺は彼の紳士的な態度に『紳士』を感じていたからか、人型の彼はそれはもう英国紳士然とした装いをしていた。
「い、いや、もうすぐ終わるんで、先に休んでいてください」
俺が答えれば、ザルイルは少し悲しげに肩を落とす。
えっ、手伝いたかった……のか……?
「ヨウヘイ……。君にばかり、無理をさせてしまって、すまない……」
「あ、いや、これは俺が好きでやってる事なんで、気にしないでくださいっ」
慌ててバタバタと手を振って告げれば、ザルイルが端正に整った顔で苦笑する。
うわぁ……美人ってやつは、男女問わず目の保養だなあ。
「君のおかげで、子どもたちは毎日本当に楽しそうだ。感謝している。私は、君に会えて本当によかった……」
うっ……。やばい。そんなふうに言われると嬉し過ぎて涙腺が緩みそうだ。
「俺こそ。良い人に拾ってもらえて、助かりました」
何とか涙を堪えて答えると、ザルイルは美しく微笑んだ。
***
翌日、リリアさんは「今日には脱げると思うんだけどぉ」と言いながらリーバを俺に預けて行った。
「子どもの時期は、脱皮不全で死ぬ子が多いのよねぇ。よく見ておいてねぇ」
と不吉な言葉を残して。
いや、今日脱げそうなら、今日はお仕事を休まれてはいかがですか???
思わず喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、俺はリーバを抱き上げた。
ニディアを預かるのも、今日で最後だな。
今日一日、何事もなければいいんだが……。
リーバは午前中をほとんど寝る事なく、ぐずぐずで過ごした。
「どうした、むずむずしてるのか?」
声をかければ「ぴぇぇ」と答えるように小さな泣き声が戻ってくる。
うーん。俺にはよくわからんが、脱皮って大変なんだなぁ。
ぐずりつつも、抱いていれば大泣きはしない程度のリーバをあやしつつ、俺はお店屋さんごっこの店舗を並べる。
「わぁーなになにー? 今日は何するのー?」
真っ先にやってきたのはライゴだ。
「今日はな、お店屋さんごっこだぞー」
「お店やさん?」
シェルカが首を傾げる。
「なるほど、屋台販売の真似事だな」
ニディアが納得と言うように頷いている。
「お店屋さんの衣装もあるぞー」
紙製の簡易的なやつではあったが、サンバイザー風の帽子やらを用意しておいた。
子どもがこういう、紙とかビニールの服を嬉々として身につけてる姿って可愛いんだよな。
この世界ではまだビニールは見てないけどな……。
ん? なんかあったか?
衣装を選んでいたはずの二人が立ち尽くしている。
見れば、シェルカのために用意しておいたお姫様ドレスの前にシェルカとニディアが立っていた。
「どうしたんだ?」
険悪なムードではない事にホッとしながら俺は声をかける。
どうやらお互い、相手のためにと譲り合っていたようだ。
「こっちに王子様の衣装もあるぞ。ニディアはこっちにするか?」
途端、ニディアから怒気が漂う。
えっ、な、なんだ……!?
「お前……ボクのことを……男だと思ってないか……???」
怒りの込められた低い声で、ニディアが問う。
グルルという唸り声が部屋中に響く。
………………ん…………?
ニディアは巣が震えるほどの音量で、怒声を上げた。
「ボクは!! 女だーーーーーーっっ!!!」