高校最後の日、卒業式の後、他のみんながいなくなった教室で僕と友人はいつものように椅子に座って話していた。
「これから会うことも少なくなるね」
「そうだな」
今まで休日以外毎日のように顔を合わせていたのに、これから先、毎日は会えないということがなんとなく不思議だったし、実感がなかった。
ほんとうに、もう毎日は会えないのだろうかと思いながらこの学校に入って、友人と会った時の話をする。
「はじめて声を掛けられたとき、ちょっとびっくりしたんだよね」
「そうなのか?」
「うん。だって、あの時本を読もうかなって思って出したところだったから、急に話し掛けられたらびっくりしちゃうよ」
僕の言葉に、友人が笑う。
「なんかごめんな。
でも、はじめて声かけたときのこと、覚えてくれてたんだ」
僕もくすくすと笑って返す。
「当たり前だよ。ほんとに、突然だったんだから」
それから、つられてその時疑問に思ったことを思い出す。それを、僕は素直に口に出した。
「そういえばあの時、どうして僕に話しかけたの?」
その質問に、友人は僕の手元をちらりと見てから、にっと笑ってこう答えた。
「なんとなく。
あえて言うなら、上手くやれそうって思ったってところかな」
どうして、ひとりで本を読もうとしていた僕を見て、上手くやっていけそうなんて思ったのだろう。それを考えるとなんだかおかしくて、僕はまた笑ってしまう。
それに、なんだかんだで。と思う。
「そっちも、僕に話しかけたときのことよく覚えてるじゃん」
すると友人は照れたように少しだけ顔を赤くした。
あの時の友人のなんとなくが、まさか高校三年間続くなんて。僕は思っていなかったし、もしかしたら友人も思っていなかったかもしれない。
それに、友人の方から声を掛けてくれなかったら、きっと僕は自分から誰かに声を掛けるなんてこともほとんどせずに、高校時代という長いようでいながらも、一瞬の輝きを放つ時間を、ひとりぼっちで過ごしていたかもしれない。
僕は、友人に出会えてほんとうによかった。でも、これを口にするのはなんだか恥ずかしくて言葉にできない。
代わりに口から出たのは、こんな言葉だった。
「そういえば、仏教学科に行くんだよね?」
「うん、そうだけど?」
友人は実家がお寺さんだから、その進路はなにも不思議なことはない。将来、お坊さんになるつもりがあるかどうかはわからないけれど、学ぶつもりはあるのだ。
だから僕はこう言葉を続けた。
「大学で仏様の勉強したらさ、たまに僕に仏様のことを教えてよ」
すると友人は少し自信がなさそうな顔をしてこう言う。
「俺なんかで詳しい話ができるかはわかんないけどさ」
「そう?」
「仏教もやってみると深いからなぁ」
仏教が深い世界なのは、僕にもわかる。でも、僕よりも友人の方が仏様に近いところに住んでいるのだ。
友人がそれでも。と言ってにっと笑う。
「もし聞きたくなったら、いつでも連絡くれよ。わかる範囲で話すからさ」
「ふふふ、ありがとう」
それから、今度は友人の方からこう言ってきた。
「お前も、これから先気に入った漫画や小説見つけたら、俺に教えてくれよ」
友人は、僕が漫画や小説が好きで漫研に入っていたのを知っているし、なんなら漫研の部誌の製本を手伝ってくれてもいた。だから、面白い漫画や小説の情報については、僕に信頼を置いているようだった。
「うん。また面白いの見つけたら教えるね」
「ありがとな」
「それで、薄い本も一緒に買いに行こうよ」
「薄い本は考えさせて」
そうやってふたりで笑い合って、ふと、友人が教室の時計を見る。卒業式が終わってだいぶ時間が経っていた。
友人が倚子から立ち上がって僕に言う。
「俺、家の用事があるからそろそろ帰らないと」
「そっか、家の仕事忙しいもんね」
これで、この教室を出て校門を出たら、毎日は会えなくなる。そう思うと、ほんの少し前までは実感がなかった別れというものが、急に現実味を帯びてきた。
「これからも、仲良くしようね」
僕がそう言うと、友人はまた少し顔を赤くして笑う。
「もちろんだって。これからもよろしくな」
ふたりで教室を出て、昇降口を降りる。この上履きも、もう履くことはないんだ。
友人と一緒に駐輪場に行って、僕の自転車を取ってくる。そのまま僕は自転車を押して、友人と一緒に校門を出た。
校門を出て小さな坂を上がると、そこにはバス停がある。友人はバスと電車で通学していたので、これでバスが来たら、友人との高校生活は終わりだ。
名残惜しい。そう思っている間にも、友人を乗せるバスが到着する。
定期券を出してバスに乗ろうとした友人が、一度振り返って僕にこう言った。
「また会おうな」
僕はすぐに返す。
「また絶対会おうね。約束だよ」
バスが出発する。僕はしばらくバスを見送ってから、自転車に跨がってバスとは反対方向に走り出した。
これでもう、友人とは毎日は会えない。高校時代は終わった。
そう思うと、何故だか目頭が熱くなった。
「これから会うことも少なくなるね」
「そうだな」
今まで休日以外毎日のように顔を合わせていたのに、これから先、毎日は会えないということがなんとなく不思議だったし、実感がなかった。
ほんとうに、もう毎日は会えないのだろうかと思いながらこの学校に入って、友人と会った時の話をする。
「はじめて声を掛けられたとき、ちょっとびっくりしたんだよね」
「そうなのか?」
「うん。だって、あの時本を読もうかなって思って出したところだったから、急に話し掛けられたらびっくりしちゃうよ」
僕の言葉に、友人が笑う。
「なんかごめんな。
でも、はじめて声かけたときのこと、覚えてくれてたんだ」
僕もくすくすと笑って返す。
「当たり前だよ。ほんとに、突然だったんだから」
それから、つられてその時疑問に思ったことを思い出す。それを、僕は素直に口に出した。
「そういえばあの時、どうして僕に話しかけたの?」
その質問に、友人は僕の手元をちらりと見てから、にっと笑ってこう答えた。
「なんとなく。
あえて言うなら、上手くやれそうって思ったってところかな」
どうして、ひとりで本を読もうとしていた僕を見て、上手くやっていけそうなんて思ったのだろう。それを考えるとなんだかおかしくて、僕はまた笑ってしまう。
それに、なんだかんだで。と思う。
「そっちも、僕に話しかけたときのことよく覚えてるじゃん」
すると友人は照れたように少しだけ顔を赤くした。
あの時の友人のなんとなくが、まさか高校三年間続くなんて。僕は思っていなかったし、もしかしたら友人も思っていなかったかもしれない。
それに、友人の方から声を掛けてくれなかったら、きっと僕は自分から誰かに声を掛けるなんてこともほとんどせずに、高校時代という長いようでいながらも、一瞬の輝きを放つ時間を、ひとりぼっちで過ごしていたかもしれない。
僕は、友人に出会えてほんとうによかった。でも、これを口にするのはなんだか恥ずかしくて言葉にできない。
代わりに口から出たのは、こんな言葉だった。
「そういえば、仏教学科に行くんだよね?」
「うん、そうだけど?」
友人は実家がお寺さんだから、その進路はなにも不思議なことはない。将来、お坊さんになるつもりがあるかどうかはわからないけれど、学ぶつもりはあるのだ。
だから僕はこう言葉を続けた。
「大学で仏様の勉強したらさ、たまに僕に仏様のことを教えてよ」
すると友人は少し自信がなさそうな顔をしてこう言う。
「俺なんかで詳しい話ができるかはわかんないけどさ」
「そう?」
「仏教もやってみると深いからなぁ」
仏教が深い世界なのは、僕にもわかる。でも、僕よりも友人の方が仏様に近いところに住んでいるのだ。
友人がそれでも。と言ってにっと笑う。
「もし聞きたくなったら、いつでも連絡くれよ。わかる範囲で話すからさ」
「ふふふ、ありがとう」
それから、今度は友人の方からこう言ってきた。
「お前も、これから先気に入った漫画や小説見つけたら、俺に教えてくれよ」
友人は、僕が漫画や小説が好きで漫研に入っていたのを知っているし、なんなら漫研の部誌の製本を手伝ってくれてもいた。だから、面白い漫画や小説の情報については、僕に信頼を置いているようだった。
「うん。また面白いの見つけたら教えるね」
「ありがとな」
「それで、薄い本も一緒に買いに行こうよ」
「薄い本は考えさせて」
そうやってふたりで笑い合って、ふと、友人が教室の時計を見る。卒業式が終わってだいぶ時間が経っていた。
友人が倚子から立ち上がって僕に言う。
「俺、家の用事があるからそろそろ帰らないと」
「そっか、家の仕事忙しいもんね」
これで、この教室を出て校門を出たら、毎日は会えなくなる。そう思うと、ほんの少し前までは実感がなかった別れというものが、急に現実味を帯びてきた。
「これからも、仲良くしようね」
僕がそう言うと、友人はまた少し顔を赤くして笑う。
「もちろんだって。これからもよろしくな」
ふたりで教室を出て、昇降口を降りる。この上履きも、もう履くことはないんだ。
友人と一緒に駐輪場に行って、僕の自転車を取ってくる。そのまま僕は自転車を押して、友人と一緒に校門を出た。
校門を出て小さな坂を上がると、そこにはバス停がある。友人はバスと電車で通学していたので、これでバスが来たら、友人との高校生活は終わりだ。
名残惜しい。そう思っている間にも、友人を乗せるバスが到着する。
定期券を出してバスに乗ろうとした友人が、一度振り返って僕にこう言った。
「また会おうな」
僕はすぐに返す。
「また絶対会おうね。約束だよ」
バスが出発する。僕はしばらくバスを見送ってから、自転車に跨がってバスとは反対方向に走り出した。
これでもう、友人とは毎日は会えない。高校時代は終わった。
そう思うと、何故だか目頭が熱くなった。