私は数理科だったということもあり、大学は情報工学部へ進学した。就職は、大学の研究室の先輩がリクルーターとして勧誘してくれたことがきっかけで、Webコンテンツサービスを提供する会社へとすんなり決まった。
小説とか漫画とか、そういったものを会員登録さえすれば誰でもネット上にアップして、自由に閲覧できるサービスを提供してる会社、だそうだ。
そこで出版社の目に留まれば、電子書籍や紙媒体の書籍とかになることもあるらしい。
そんなサービスがあることを、恥ずかしながら私は知らなかった。と、先輩に伝えたところ。
「あー、最近できたサービスだからね。まあ、なんでもネットの時代だから。うちんとこは先駆けだけど、これから似たようなのはいっぱい出てくるだろうね。だって、楽だもん。作家のタマゴがさ、自分から売り込みにきてるわけでしょ。出版社はこのサービスを通して、金になりそうな作品を見つけるわけだ。しかもある程度読者がついてる作品は、人気があるってことでしょ。つまり、読者が審査員も兼ねている」
私の内定祝いのために、飲みに誘ってくれた先輩が言う。
「そんでもって、作品を書きたい人は、誰かに見てもらえる。別にプロにならなくたって、誰かに見てもらって感想もらえれば幸せっていう人だっているじゃん? 読者がつけば、本人の承認欲求も満たされるだろうし。だからさ、この手のサービスはこれから増えるだろうねって思うんだわさ。そうなると、うちんとこも他との差別化もしなきゃならんし、それで優秀な人材を探していた、というわけさ」
その優秀な人材に引っかかったことは素直に嬉しい。
「そういえば、とも。あんた、面接でなんて言ったか覚えてる?」
ウーロンハイのグラス片手に、先輩が聞いてきた。
「えー。覚えてないですよ。緊張してましたもん」
「あははは。あんたでも緊張することあるんだね」
そこで先輩はウーロンハイを二口飲む。ゴク、ゴクと。
「あんたさ。面接のとき、人と作品の運命的な出会いの手伝いができるなら幸せです、って言ったんだよ。これね、うちの会社の名言になったわ」
「まったく、覚えてません」
恥ずかしくなって、私は手元のイチゴミルク(アルコール入り)を、ちょびっとだけ飲んだ。
でも、覚えていない、というのは嘘だ。
先輩からその会社の話を聞いたときに、私は高校の文芸部を思い出した。私が、亜里沙先輩の作品と出会ったことを。
この世界は人で溢れている。そして言葉で溢れている。
たくさんの人と言葉が出会うのは、ある意味、奇跡ではないかと思う。その奇跡が、その人にとっては人生を変える奇跡かもしれない。
だから私は、自分があのときに受けた衝撃的な奇跡を、他の誰かも巡り合えるような、それを手伝えるような、そんな仕事をしたいと思っていた。
先輩と別れ、私はちょっとだけアルコールのせいで速く鳴っている心臓と共に、帰路についた。
アパートに着いて荷物をおろすと、その音が異様に大きく聞こえた。
テーブルの上にあるノートパソコンを起動する。これから私が就職する会社が提供しているサイトにアクセスしてみた。
検索欄に亜里沙先輩が高校のときに使っていたペンネームを入れてみる。
画面がパッと切り替わり、一件、ヒットした。
『数ある作品の中から、こちらにたどりついてくださってありがとうございます』と、書いてある。
『誰かの心に残るような文章を書いていきたいと思っています』
これは、間違いなく亜里沙先輩だ。私は画面をクリックして、作品を読む。部誌に投稿してあった作品もあった。だけど、新作も何点か。
やっぱり私は亜里沙先輩の文章が好きだ。何度も何度も読み返したくなる。
そして何度も読み返すうちに、なぜか目の上が熱くなってきた。
多分、泣きたいんだと思う。
私が亜里沙先輩の作品と出会えたことは偶然だったかもしれない。だけど、それは運命的な出会いだった。そんな作品と人との出会いを導くことのできる仕事ができるのは、幸せかもしれない。
私は誰かの心に残るような文章を、その誰かに届けてあげたい――。
小説とか漫画とか、そういったものを会員登録さえすれば誰でもネット上にアップして、自由に閲覧できるサービスを提供してる会社、だそうだ。
そこで出版社の目に留まれば、電子書籍や紙媒体の書籍とかになることもあるらしい。
そんなサービスがあることを、恥ずかしながら私は知らなかった。と、先輩に伝えたところ。
「あー、最近できたサービスだからね。まあ、なんでもネットの時代だから。うちんとこは先駆けだけど、これから似たようなのはいっぱい出てくるだろうね。だって、楽だもん。作家のタマゴがさ、自分から売り込みにきてるわけでしょ。出版社はこのサービスを通して、金になりそうな作品を見つけるわけだ。しかもある程度読者がついてる作品は、人気があるってことでしょ。つまり、読者が審査員も兼ねている」
私の内定祝いのために、飲みに誘ってくれた先輩が言う。
「そんでもって、作品を書きたい人は、誰かに見てもらえる。別にプロにならなくたって、誰かに見てもらって感想もらえれば幸せっていう人だっているじゃん? 読者がつけば、本人の承認欲求も満たされるだろうし。だからさ、この手のサービスはこれから増えるだろうねって思うんだわさ。そうなると、うちんとこも他との差別化もしなきゃならんし、それで優秀な人材を探していた、というわけさ」
その優秀な人材に引っかかったことは素直に嬉しい。
「そういえば、とも。あんた、面接でなんて言ったか覚えてる?」
ウーロンハイのグラス片手に、先輩が聞いてきた。
「えー。覚えてないですよ。緊張してましたもん」
「あははは。あんたでも緊張することあるんだね」
そこで先輩はウーロンハイを二口飲む。ゴク、ゴクと。
「あんたさ。面接のとき、人と作品の運命的な出会いの手伝いができるなら幸せです、って言ったんだよ。これね、うちの会社の名言になったわ」
「まったく、覚えてません」
恥ずかしくなって、私は手元のイチゴミルク(アルコール入り)を、ちょびっとだけ飲んだ。
でも、覚えていない、というのは嘘だ。
先輩からその会社の話を聞いたときに、私は高校の文芸部を思い出した。私が、亜里沙先輩の作品と出会ったことを。
この世界は人で溢れている。そして言葉で溢れている。
たくさんの人と言葉が出会うのは、ある意味、奇跡ではないかと思う。その奇跡が、その人にとっては人生を変える奇跡かもしれない。
だから私は、自分があのときに受けた衝撃的な奇跡を、他の誰かも巡り合えるような、それを手伝えるような、そんな仕事をしたいと思っていた。
先輩と別れ、私はちょっとだけアルコールのせいで速く鳴っている心臓と共に、帰路についた。
アパートに着いて荷物をおろすと、その音が異様に大きく聞こえた。
テーブルの上にあるノートパソコンを起動する。これから私が就職する会社が提供しているサイトにアクセスしてみた。
検索欄に亜里沙先輩が高校のときに使っていたペンネームを入れてみる。
画面がパッと切り替わり、一件、ヒットした。
『数ある作品の中から、こちらにたどりついてくださってありがとうございます』と、書いてある。
『誰かの心に残るような文章を書いていきたいと思っています』
これは、間違いなく亜里沙先輩だ。私は画面をクリックして、作品を読む。部誌に投稿してあった作品もあった。だけど、新作も何点か。
やっぱり私は亜里沙先輩の文章が好きだ。何度も何度も読み返したくなる。
そして何度も読み返すうちに、なぜか目の上が熱くなってきた。
多分、泣きたいんだと思う。
私が亜里沙先輩の作品と出会えたことは偶然だったかもしれない。だけど、それは運命的な出会いだった。そんな作品と人との出会いを導くことのできる仕事ができるのは、幸せかもしれない。
私は誰かの心に残るような文章を、その誰かに届けてあげたい――。