例の話し合いの次の日、リガウン侯爵家の使いという者がやって来た。要約すると、ジルベルトが次の休暇にエレオノーラに会いたいのだが、都合はどうかという内容。それを断る理由は無いため、もちろん快諾。

「フレッド兄さま」
 仕事から戻ってきた三番目の兄を見つけ、エレオノーラは声をかけた。「リガウン団長は、どのような女性が好みかわかりますか?」

 妹の突拍子もない質問に、フレディの眼鏡がずれた。慌てて、左手の人差し指で押し上げる。

「エレン、何かあったのか?」

「いえ。ほら、リガウン団長とお会いするので、せっかくならば団長のお好みの女性を演じようかと思ったのですが。情報部のお兄さまであれば、その辺の情報を持ち合わせているかと思いまして」

「うーん」
 そこでフレディは腕を組んだ。情報部らしく、脳内データベースを検索中、検索中、検索中。お探しのキーワードに一致する結果は見つかりませんでした。

「知らない」

「えぇ~。どうしましょう?」

「騎士団のそういった一般的なことであれば、ドム兄に聞いてみればいいのではないか? 広報部だからな」
 言いながら、フレディは自室へと向かっていく。その背中が震えていた。どうやら、笑いをこらえているようだ。

 エレオノーラは二番目の兄のドミニクの部屋を訪れた。
「どうかしたのかい?」
 自室でお茶を飲みながら本を読んでいたドミニクは、その本から視線をあげて優しく声をかけてくれた。カップを手にする。

「ドムお兄さま。ドムお兄さまは、リガウン団長の好みの女性をご存知ですか?」

 ドミニクはお茶を吹き出しそうになり、咽た。
「急にどうしたんだい? エレン」

「せっかくリガウン団長にお会いするなら、団長の好みの女性を演じた方がよろしいのではないかと思ったのですが」

 口元を拭きながらドミニクは答える。
「女性との浮いた話を聞いたことが無い。残念ながら、僕はその質問に対する答えを持ち合わせていない。ここは、この話を持ってきたダン兄さんに聞くのがいいのではないかい?」

「わかりました」

 しぶしぶと部屋を出ていく妹の後姿を、ドミニクは不安気に見送った。

 そしてエレオノーラはダニエルの部屋へと向かった。

「何かあったのか?」
 今日のダニエルは機嫌が良さそうだ。
「まあ、座りなさい」

 促されるがまま、ソファに座る。
「それで、どうかしたのか?」

「ダンお兄さま。リガウン団長の好みの女性のタイプを教えてください」

「どうしたんだ、急に。やっとやる気が出たのか?」
 やる気とは何のやる気だろうか。ジルベルトの婚約者を演じる気ならある。

「せっかくリガウン団長がいらっしゃるのですから、団長の好みの女性を演じた方が良いのではないかと思ったのですが」

 ダニエルは腕を組んだ。この妹は本当にジルベルトの好みの女性に変装する気だ。できることなら、演技ではなく本気になってもらいたいのだが。
 ただ、ジルベルトの気持ちがわからない以上、下手に妹にそういうことも言えない。
 どっちもどっちで、よくわからない。

「まあ。はっきり言って、リガウン団長の好みの女性についてだが。オレは何も知らん」

「なんで、そんな投げやりな態度なんですか」
 エレオノーラはぷーっと頬を膨らませた。

「そんな顔をしても、知らないものは知らん」

「でしたら、団長から聞いてください」

「何?」

 という流れから、次の日の昼食をジルベルトと一緒にとることになったダニエル。このように他の騎士団と会食をする場合は、広報部を通して連絡をいれる。ダニエルは、広報部のドミニクにジルベルトの予定を聞くように依頼した。すると、ジルベルトからは快い返事が来たため、本日の昼食を一緒に、という流れがあった。
 ドミニクから、ダニエルが相談したいことがある、とジルベルトに伝えてもらったところ、ついでにジルベルトも、ダニエルに聞きたいことがある、という返事までもらってしまった。

「フランシア殿、それで話とは何だろうか」
 広報部のドミニクが手配した個室。ここにはダニエルとジルベルトの二人しかいない。

「妹のことです」
 前菜をフォークでつつきながら、ダニエルが言った。

「何か、不都合でも?」

「いえ。妹がリガウン団長の好みの女性のタイプを気にしておりまして」
 ダニエルは口にしたが、なぜか恥ずかしい。そっと小声で囁いた。「リガウン団長はどのような女性が好きでしょうか」

 ふむ、とジルベルトはフォークを運んでいた手を止めた。真面目に考えているようだ。

「あまり、そのようなことは考えたことがなかったな」
 結婚に興味が無い、というのもあながち嘘ではなかったのだろう、と推測する。

「そうですか。妹が、その、リガウン団長の好みのタイプの女性になりたい、と言い出したものですから」

 ジルベルトの右手はフォークを持ったまま動かない。

「そうか。そう思ってもらえるだけでも嬉しいものだな」
 ジルベルトの顔がほころんだ。そして、再びフォークを動かし始めたが、皿の上にある付け合わせをそれでいじっているだけで、口元まで運ぼうとはしない。何かを考えているようだ。
 その後、彼の口から出てきた言葉は。
「エレオノーラ嬢はエレオノーラ嬢のままでいいと、伝えていただけないだろうか」
 意外な言葉だった。彼はけしてエレオノーラの素顔を見たわけではないのだが。

「承知、しました」
 ダニエルはそれを絞り出した。
 そして二人は食事を再開する。それはもう、事務的に。
 ふと、ジルベルトが「エレオノーラ嬢は、花は好きだろうか?」と言う。

「花、ですか?」
 あまりにも唐突な質問であったため、ダニエルは聞き返してしまった。だが、ジルベルトは何も言わない。

 ダニエルは記憶を掘り返して、言葉を続ける。
「嫌いではなかったと思います。花びらの大きな花よりも、小ぶりの花を好んでいた記憶があります」
 その答えに、ジルベルトは満足した様子であった。
 それから、お互いに次の休みの予定を再確認すると、それぞれ午後の任務へと戻る。ダニエルは、妹にどうやって報告しようか悩んでいた。