「エレン。元気だったか」
やはりその扉を不躾に開けたのは騎士服姿のジルベルトであった。後ろに執事のトムが「坊ちゃん、困ります」とか言って、慌てている。
「お帰りなさい、ジル様。お出迎えせずに申し訳ありません」
エレオノーラがすっと立ち上がると、ジルベルトはずかずかと近づいてきて、彼女を両手で抱きしめた。
「会いたかった」
首元に顔を埋められ、さらに耳元でそんなことを囁かれたのであれば、エレオノーラの顔もみるみるうちに茹で上がる。
「私も、ジル様にお会いしたかったです」
とエレオノーラが言ったら、さらに彼女を抱きしめる腕に力が入った。
「ああ、母上。いらしたのですね」
エレオノーラを抱きしめながら、そのようなことを口にするジルベルト。視線だけを母親に向けている。
「ええ、いましたよ。あなたが来るずいぶんと前からエレンと一緒にね。そう、彼女がこの屋敷で暮らし始めてからというもの、一日の大半は彼女と一緒にいますけどね」
どうだ、と胸を張って自慢している。
「でしたら今は、エレンは私が連れて行っても問題はありませんね」
「いいえ、私との話が終わっておりません」
「一日の大半を彼女と過ごしているあなたなのですから、少しくらいは私に譲ってくださってもよろしいのでは? こちらは一月ぶりに会えたのです」
「あの、ジル様……」
そこでエレオノーラは口を挟んだ。「苦しいです」
その一言でジルベルトはぱっと両手を離した。
「すまん。つい」
「いえ。その、嬉しいのは嬉しいですから」
右手の人差し指を口元に当てて、照れながら笑うエレオノーラ。この仕草も可愛らしくて、また抱きしめたくなる衝動に駆られる。
「まったく、少しお茶でも飲んで落ち着いたらどうなの?」
侍女は状況を察し、さっとお茶を淹れる。ジルベルトは、エレオノーラを座らせ、自分はその隣の席に座った。
「思ったより、早いお帰りでしたのね」
湯気の立つカップを手にして、母親が言った。
「ええ。今回の件には父たちにも応援を頼むこととなりました。通常の騎士団のメンバーだけでは人員と経験が足りないという総帥の判断になります」
「そう、よかったわね。てっきり、あなたが暴れて勝手に帰ってきたのかと思ったわ」
義母の呟きがあながち嘘では無かったことを、あとでエレオノーラは知ることとなる。
「さらに総帥が、私たちの結婚式のことを気遣ってくださり、三日程度であれば続けて休みをもらえることになりました。式はいつ頃挙げればよろしいでしょうか。その、準備とかもありますでしょうから」
「準備って。あなたは大した準備はないでしょう? エレンの方は、いつでも式が挙げられるようにと、粗方準備は終わっております。ドレスもね」
ドレスと言う言葉が出た時に、口にカップをつけていたジルベルトの右眉がピクリと反応した。
それを見た母親は、この息子が考えていることが手に取るようにわかった。
「そうね。せっかくあなたもお休みが取れるというのであれば、早い方がいいですね。では、半月後にいたしましょう。半月あれば準備は間に合います。式は教会で。その後、お披露目のパーティですね。半月しかありませんから、招待客は身内で良いですね」
腕が鳴るわ、と母親は喜んでいる。
「では、母上。お茶もいただいたことですし、必要な話も終わりました。エレンをお借りしても?」
「仕方ないわね。今は譲りましょう」
母親は妖艶な笑みを浮かべた。熟女の笑みというのも色っぽい。
「エレン」
ジルベルトがさっと手を差し出した。それに自分の手を重ね、立ち上がると、いきなりジルベルトに横抱きにされてしまう。
「あの、ジル様。私、自分で歩くことができますが?」
「私がこうしたいと思ったのだ」
「ええと、お義母さま?」
視線で助けを求めてみたが、その目はあきらめなさい、と言っていた。義母にあきらめなさいと言われたらあきらめるしかない。エレンは素直に両手をジルベルトの首元に回した。
「では、夕食までエレンを借ります」
はいはい、と義母は右手を振っていた。
エレオノーラはどこまで連れていかれるのかと思っていた。間違いなくジルベルトの部屋なのだが。
「あ、ジル様」
ジルベルトが自室の扉を開けると、そこには何もなかった。ただの空き部屋。
「ジル様。お部屋がかわったのです。その、私が嫁いできましたので」
嫁ぐという言葉を自分で言って恥ずかしくなる。
「では、私の部屋はどちらに?」
「ええと、ジル様のお部屋というよりは、私たちのお部屋、ですかね?」
エレオノーラのその言葉に、ジルベルトは立ち止まった。
「私たちの部屋、だと?」
「はい。私とジル様は結婚しましたので、同じ部屋で、とお義母さまがおっしゃっておりました。とても素敵な部屋なのです。ここを真っすぐ行ってください」
エレオノーラが口で案内をする。ジルベルトにはこの部屋の場所に覚えがあった。昔の両親の部屋ではないか。ということは。
ジルベルトはエレオノーラを抱いたまま、部屋へと入った。
案の定、寝台は一つだった。
エレオノーラをゆっくりとソファにおろした。そして、ジルベルトはなぜか部屋を出て行った。
「ジル様?」
やはりその扉を不躾に開けたのは騎士服姿のジルベルトであった。後ろに執事のトムが「坊ちゃん、困ります」とか言って、慌てている。
「お帰りなさい、ジル様。お出迎えせずに申し訳ありません」
エレオノーラがすっと立ち上がると、ジルベルトはずかずかと近づいてきて、彼女を両手で抱きしめた。
「会いたかった」
首元に顔を埋められ、さらに耳元でそんなことを囁かれたのであれば、エレオノーラの顔もみるみるうちに茹で上がる。
「私も、ジル様にお会いしたかったです」
とエレオノーラが言ったら、さらに彼女を抱きしめる腕に力が入った。
「ああ、母上。いらしたのですね」
エレオノーラを抱きしめながら、そのようなことを口にするジルベルト。視線だけを母親に向けている。
「ええ、いましたよ。あなたが来るずいぶんと前からエレンと一緒にね。そう、彼女がこの屋敷で暮らし始めてからというもの、一日の大半は彼女と一緒にいますけどね」
どうだ、と胸を張って自慢している。
「でしたら今は、エレンは私が連れて行っても問題はありませんね」
「いいえ、私との話が終わっておりません」
「一日の大半を彼女と過ごしているあなたなのですから、少しくらいは私に譲ってくださってもよろしいのでは? こちらは一月ぶりに会えたのです」
「あの、ジル様……」
そこでエレオノーラは口を挟んだ。「苦しいです」
その一言でジルベルトはぱっと両手を離した。
「すまん。つい」
「いえ。その、嬉しいのは嬉しいですから」
右手の人差し指を口元に当てて、照れながら笑うエレオノーラ。この仕草も可愛らしくて、また抱きしめたくなる衝動に駆られる。
「まったく、少しお茶でも飲んで落ち着いたらどうなの?」
侍女は状況を察し、さっとお茶を淹れる。ジルベルトは、エレオノーラを座らせ、自分はその隣の席に座った。
「思ったより、早いお帰りでしたのね」
湯気の立つカップを手にして、母親が言った。
「ええ。今回の件には父たちにも応援を頼むこととなりました。通常の騎士団のメンバーだけでは人員と経験が足りないという総帥の判断になります」
「そう、よかったわね。てっきり、あなたが暴れて勝手に帰ってきたのかと思ったわ」
義母の呟きがあながち嘘では無かったことを、あとでエレオノーラは知ることとなる。
「さらに総帥が、私たちの結婚式のことを気遣ってくださり、三日程度であれば続けて休みをもらえることになりました。式はいつ頃挙げればよろしいでしょうか。その、準備とかもありますでしょうから」
「準備って。あなたは大した準備はないでしょう? エレンの方は、いつでも式が挙げられるようにと、粗方準備は終わっております。ドレスもね」
ドレスと言う言葉が出た時に、口にカップをつけていたジルベルトの右眉がピクリと反応した。
それを見た母親は、この息子が考えていることが手に取るようにわかった。
「そうね。せっかくあなたもお休みが取れるというのであれば、早い方がいいですね。では、半月後にいたしましょう。半月あれば準備は間に合います。式は教会で。その後、お披露目のパーティですね。半月しかありませんから、招待客は身内で良いですね」
腕が鳴るわ、と母親は喜んでいる。
「では、母上。お茶もいただいたことですし、必要な話も終わりました。エレンをお借りしても?」
「仕方ないわね。今は譲りましょう」
母親は妖艶な笑みを浮かべた。熟女の笑みというのも色っぽい。
「エレン」
ジルベルトがさっと手を差し出した。それに自分の手を重ね、立ち上がると、いきなりジルベルトに横抱きにされてしまう。
「あの、ジル様。私、自分で歩くことができますが?」
「私がこうしたいと思ったのだ」
「ええと、お義母さま?」
視線で助けを求めてみたが、その目はあきらめなさい、と言っていた。義母にあきらめなさいと言われたらあきらめるしかない。エレンは素直に両手をジルベルトの首元に回した。
「では、夕食までエレンを借ります」
はいはい、と義母は右手を振っていた。
エレオノーラはどこまで連れていかれるのかと思っていた。間違いなくジルベルトの部屋なのだが。
「あ、ジル様」
ジルベルトが自室の扉を開けると、そこには何もなかった。ただの空き部屋。
「ジル様。お部屋がかわったのです。その、私が嫁いできましたので」
嫁ぐという言葉を自分で言って恥ずかしくなる。
「では、私の部屋はどちらに?」
「ええと、ジル様のお部屋というよりは、私たちのお部屋、ですかね?」
エレオノーラのその言葉に、ジルベルトは立ち止まった。
「私たちの部屋、だと?」
「はい。私とジル様は結婚しましたので、同じ部屋で、とお義母さまがおっしゃっておりました。とても素敵な部屋なのです。ここを真っすぐ行ってください」
エレオノーラが口で案内をする。ジルベルトにはこの部屋の場所に覚えがあった。昔の両親の部屋ではないか。ということは。
ジルベルトはエレオノーラを抱いたまま、部屋へと入った。
案の定、寝台は一つだった。
エレオノーラをゆっくりとソファにおろした。そして、ジルベルトはなぜか部屋を出て行った。
「ジル様?」