エレオノーラはフランシア子爵家の長女であり、今年で十八を迎えた。兄は三人いる。学院はなんとか卒業し、その卒業後は一番上の兄が所属する第零騎士団へと入団した。この第零騎士団の入団は、通常ルートではなく特殊ルートでの入団でしか受け付けていないという特殊部隊。その第零騎士団は、広報、諜報、情報の三部門から成り立ち、通常の騎士団業務からもかけ離れている。
 エレオノーラがこの第零騎士団に入団したのも、兄ダニエルからの推薦によるもの。推薦というかプレゼンというか、むしろ脅しに近い。とにかく妹の変装術が素晴らしいから、諜報部に入れてくれ、というどストレートな理由で団長に言い寄ったらしい。
 そんな理由がまかり通って、とにかくエレオノーラは入団試験を受けることになった。この入団試験のときに、男装して行ったら(これもダニエルからの提案によるもの)、誰もそれがエレオノーラ本人と気付かず。面接時に名前を呼ばれたとき、返事をしたのは男装のエレオノーラ。面接官である第零騎士団及び他の騎士団の偉い人たちも五度見したくらい。声色も変えていたから、女性であることさえも見抜かれなかった。
 ということで、入団試験は見事合格。現在に至る。

 そんな彼女の任務は専ら潜入捜査だ。あるときは娼館の娼婦、あるときは賭博場の鴨、あるときは酒場の店員。そうやって至るところに潜入し、この国にとって不利益となりそうな情報を仕入れてくる。それを騎士団内に展開するのが彼女の役目。
 今回の仕事は、先述した通りの窃盗団の密売の摘発。彼らは盗んだものを密売して、金を手に入れようとしていた。
 エレオノーラは騎士団員でありながらも、あの店の男性店員として任務をこなしていた。普通に客に酒を提供する、だけ。たまに女性客から口説かれることもあったが、それを笑顔で流す。とにかく目を離していけない相手は窃盗団たちである。
 そいつらが密売についてやっと動き出したのだ。長かった。酒場に潜入して一月(ひとつき)。もう一生そのままこの酒場の店員になるんじゃないかと思い始めたころ。彼らは二階にあるちょっといいお部屋で、取引を行うために動いたのだ。
 待った甲斐があった。だが、それに気付いたことに気付かれないよう、エレオノーラも店員として振舞った。

 時は満ちた。

 第一騎士団が踏み込む。タイミングとしてはベスト。窃盗団たちの大半は拘束されたが、勘のいい親玉が逃げた。その親玉を追っていたのがエレオノーラと、第一騎士団の団長であるジルベルト。同じ獲物を狙っていたためか、ぶつかった。そして体力的に負けてしまったエレオノーラはジルベルトに押し倒される、という構図になってしまった、というわけ。
 何しろジルベルトの身長は百八十を超えている。それに引き換えエレオノーラの元の身長は百六十あるかないか。変装のためにそれを十センチほど高く見えるように誤魔化してはいたが、そんなごまかしが通用する相手でもなかった。
 そして、そのぶつかってから押し倒された直後は、なんともまあ、場所が良かったのかタイミングが良かったのか。気付いたらお互いの唇が触れ合っている状態だった。

「すまない」
 と言って、少し頬を赤くしたジルベルトは彼女から離れようとしたのだが、そのときに突いた左手の先にあったのがエレオノーラの右胸だった。エレオノーラの昔の言葉で言うと、ラッキースケベというものに分類されるかもしれない。
 そしてここで「この手をどけていただけないでしょうか」という(くだり)に繋がる。

「この流れにリガウン団長が責任を取る流れがありますか? ありませんよね?」
 エレオノーラは兄に向って身を乗り出した。
 ダニエルは右足を上にして足を組み、その右足の上に右肘をついたうえで、右手で顎を触れた。どうやら何かを難しく考えている様子。

「一般的には無い、と判断される」

「ですよね」
 兄の言葉にエレオノーラはほっと息を吐く。

「だが、相手が悪い」

「どういう意味ですか?」
 再び身を乗り出す。

「相手があのリガウン団長だ、ということだ。ということで、有るものと判断する」
 うん、意味がわからない。

「ちょっとダンお兄さま。なぜ相手によって判断結果がかわるのです」

「リガウン団長が堅物でクソが付くほどの真面目人間だからだ。仮に、その相手が第一のサニエラ副団長だったとしたら、問題はなかった」
 団長がクソ真面目であれば、そのサニエラ副団長は反対の不真面目というやつのよう。

「ええと、つまり、今回は相手がリガウン団長だったから、と。そういうことですか?」

「そういうことだ」
 理由にはなっていない。

「ええと、リガウン団長は、私で本当に良いのでしょうかね?」
 不安になりエレオノーラは尋ねた。
 だが兄から返ってきた言葉はもちろん。
「わからん。そもそも、あの状況でリガウン団長と出会ったということは、リガウン団長はレオンという男性店員の顔は見たが、エレンの素顔を知らない、ということだ」

「あ、言われてみれば。ということは、素顔を見てがっかりするパターンもあるわけですね」

「そうなった場合、オレ達が許さない。まあ、それよりもだ」
 そこでダニエルは足を組み替えた。「まず、エレンには幸いなことに婚約者がいない」

「えっと。それは、変装に支障が出るからという理由で、超病弱な設定にされて、社交界とかそういったものから遠ざけられているせいですよね」

「そして相手は侯爵家だ。さらに同じ騎士団の人間。さらに第一騎士団の団長という立場にある。むしろ騎士団の幹部だ。今後の任務に支障が出るとも思えない。つまり、断る理由が一つも見つからない」

「いやいや、そこは理由を考えてくださいよ。むしろ、リガウン団長とお会いするときに、団長の好みでないようなとっても不細工変装をしてがっかりさせた方がよろしいでしょうか」

「あのタイプは、見た目では判断しない。むしろ、より一層責任を取ろうとするだろう。どうあがいても無駄だ。むしろ、リガウン団長に好かれるように努力しろ」
 好かれるような努力ですと?

「えっと、それは求婚を受け入れる大前提ってことですか?」

「そうだ。あのリガウン侯爵家と繋がりが持てるという機会を逃すわけにはいかないだろう」
 ダニエルはいたって真面目だ。真面目な顔をしてそんなことを言っている。

「可愛い妹を犠牲にしてでも?」

「可愛い妹だからこそ、だ。可愛い妹の嫁ぎ先がリガウン侯爵家となると、オレ達が反対する理由は無い」

 もう、この兄に期待はできない。むしろ今、オレ達と言ったことに気付く。