グリフィン公爵とその部下を含む計五名が護送され、この廃倉庫にはジルベルトとダニエル、そしてエレオノーラとウェンディだけが残された。事後処理要員とも言う。

「はぁあああああ。もう、疲れました」

 へろへろとその場に座り込むエレオノーラ。

「エレン、その恰好と行動が伴っていないから、少しは慎め」
 ダニエルが呆れた顔をして妹を見下ろした。

「ところで、ウェンディ殿に打ったものはなんだったのだ?」
 ジルベルトが腕を組んで尋ねた。

「あー、あの気持ちよくなるお薬、ですか? 栄養剤です。ウェンディの名演技のおかげでバレずに済みました。グリフィン公爵が持っているお薬の中身は、全部入れ替えておきましたから」

「全部?」
 ダニエルが尋ねる。
「はい、全部です」
 自信をもってエレオノーラが答える。

「では、第一が押収したものは?」

「あ」

 エレオノーラのそれでダニエルは察した。
「で、本物はどこにある?」

「こっちです」
 とエレオノーラが立ち上がって隠し場所へと案内しようとすると、ふわりと上着を肩からかけられた。それはジルベルトの騎士服の上着。

「エレン。お前の服装は、露出狂並みらしいぞ?」
 ダニエルは苦笑を浮かべることしかできない。自分の妹であるが、その存在が恥ずかしい。

「何を言っているんですか、お兄さま。私はセクシー町娘に変装していたんです。露出狂ではございません」
 ジルベルトから渡された上着に袖を通しながらエレオノーラは答えた。

「セクシーな女性は、自分でセクシーとは言わないわね」
 笑いながら言うウェンディに、エレオノーラは頬を膨らませた。

「まあ、エレンが気付いているのか気付いていないかわからないけれど。あなた、さっき回し蹴りしたわよね? そのときにそのスリット、けっこういっちゃったと思うのだけれど?」
 さすが女性目線。鋭い。多分、ジルベルトも気付いていたのだろう。だから無言でその上着をかけたのだ。この場にこのメンバーしかいないけれど、彼としては気になるところらしい。
 身長の高いジルベルトの上着を着ると、エレオノーラの膝上まで丈がある。これでなんとか、けっこういっちゃったスリットを隠してくれるはずだ。

 エレオノーラが三人を案内したのは、廃倉庫の二階にあたる部分。ここは床が木の板でできている。

「この床板の下に隠しておきました」

 ジルベルトがじっと見つめると、一か所だけ不自然な板があった。一度剥がしてまたはめたのだろう。ジルベルトは膝をついてその不自然な板に手をかけた。

「ふん」

 メキッと板が剥がれた。

「おお、さすがリガウン団長」
 ダニエルが呟くと、ウェンディもなぜかパチパチと手を叩いている。

「これか?」

 ジルベルトが聞いてきたので、エレオノーラはそうです、と答えた。ジルベルトがわざわざこれか、と尋ねたのは、そのお目当てのものが変な壺の中に入っていたから。変な壺、いや、ダニエルにはこの壺に見覚えがある。

「おい、エレン。これ、我が家の壺じゃないか」

「あ、バレましたか? 栄養剤をこの壺にいれて運んできて、しれっと入れ替えておきました」

「何がしれっとだ。今だってこの壺と一緒に運ばなければならないだろう。こんなの父上にバレたらなんて言われるか」

「あ、お父さまには内緒にしておいてください」

「もういい。リガウン団長、大変申し訳ないのだが妹を屋敷まで送っていただけないのだろうか」

「ダニエル殿は?」

「私はウェンディと共に、これを総帥に届け出る」
 ダニエルの言うこれとは、変な壺に入っている薬のこと。

「わかった」
 ジルベルトは頷いた。
 ダニエルは壺を抱えて、廃倉庫を出る。どうやら騎士団の馬車を残しておいたらしい。元々ダニエルは王宮の方へ戻るつもりだったのだろう。仕事人間の男だから。

 廃倉庫の中には二人残される。エレオノーラは再びその場にへろへろと座り込んでしまった。

「あの、リガウン団長」
 エレオノーラはジルベルトを見上げる。

「どうした?」

「あの、終わったと思って安心しましたら、腰が抜けてしまいました。いや、あの、ホントに、ごめんなさい。今回の任務は毎回ヤバイって思っていたんですよね。その、グリフィン公爵とお会いする度に。もう、バレたらどうしよう、みたいな感じでした」

 ジルベルトはエレオノーラの隣に腰をおろした。

「今日も、まさかグリフィン公爵がこちらの作戦にのってくれるとは思ってもいなくて。本当に一か八かみたいな感じでした」

 ジルベルトはそっとエレオノーラの背中に手を回す。

「リガウン団長やウェンディも巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
 エレオノーラの声は少し震えていた。

「グリフィン公爵の件は、我々も把握していたが証拠を掴むことができなかった。今回こうやって拘束することができたのも、あの薬物を押さえることができたのも、全てはエレンのおかげだ」

 エレオノーラは泣きそうな笑みを浮かべた。笑っているように見えるけれど、目尻が下がって今にもそこから涙が溢れそうだ。

「ごめんなさい。あの、本当に怖かったんです」

「ああ」
 ずっと一人で敵陣に乗り込んでいたのだ。そのような気持ちになるのも仕方のないことだろう。騎士団は団ということもあり、集団で動くことが原則である。基本的には単独行動はしない。だから、単独で騎士を動かす第零騎士団はそれだけ異質ということだ。

「冷えてきたな、戻ろう」
 ジルベルトは立ち上がり、エレオノーラに向かって手を差し出したが、エレオノーラはそれを取らない。

「あの、リガウン団長」

「ジル、だ。エレン。もう任務は終わった」
 手を差し出したまま、ジルベルトは言う。

「あの、ジル様。立てません」

 ふっと、ジルベルトは笑った。
「わかった。だったら、前か後ろか、どちらがいい?」

「前か後ろ?」
 エレオノーラにはその質問の意味がわからなかった。

「抱っこかおんぶだな。立てないのだろう? つまり歩けないということだ。だから私は君を運ばなければならない」

「でしたら、おんぶでお願いします」

 するとエレオノーラの目の前に広い背中が現れた。