ジルベルトは本当にデートに誘ってくれた。忙しい仕事の合間の貴重な休みを、エレオノーラのために使ってくれると言うのだ。
デートに誘って欲しいと自分からお願いしてみたものの、貴重な時間を奪ってしまって申し訳ないという気持ちもあった。
「お嬢様、ジルベルト様がいらっしゃいました」
今日のエレオノーラは、知的美人ではない。いつものエレオノーラを少しおしゃれにした感じ。ジルベルトが提案してくれたデートは、馬での遠乗り。だから、動きやすいドレスではなくゆったりしたズボンを選び、髪の毛も高い位置で一つにまとめている。
「エレン。任務では無いからといって、はしゃぎすぎないように」
出掛け間際に、ダニエルに念を押されてしまった。
馬車でリガウン家所有の厩まで向かい、そこから馬に乗り換える。
「久しぶりだな」
「ご無沙汰しております。ジルベルト様。ジルベルト様のマックスは今日もご機嫌ですよ」
馬番は目を細めて、嬉しそうに馬について語る。たいてい馬番という者は、馬を語るときは幸せそうな顔をするものだ。
ジルベルトはエレオノーラを簡単に紹介すると、馬番はより一層、幸せそうな顔をした。エレオノーラは馬ではないはずだが。
ジルベルトは愛馬を引いて、少し場所を移動した。馬番が言った通り、マックスは機嫌がいいようだ。
「あの、ジル様。私も一人で馬に乗れますが?」
ジルベルトが準備した馬は一頭。
「だが、せっかくデートなら、二人で乗った方がいいのではないか?」
馬に乗ったジルベルトが手を差し出したため、それを手にすると身体がふわりと浮いた。見事、ジルベルトに横向きに抱っこされてしまった。だから、エレオノーラの目の前には彼の顔がある。
「あのジル様」
「なんだ」
「ちょっとこれでは、疲れませんか?」
「そうか?」
こくこくとエレオノーラは頷いた。「私も馬には乗れます。ジル様もそろそろお忘れになっているかもしれませんが、私、一応騎士ですので」
「そうだな」
ジルベルトは少し寂しそうに顔を歪めると、エレオノーラを抱きなおした。彼女は馬にまたがる形になった。エレオノーラは手綱を手にすると、両脇の下からジルベルトの手が伸びてきた。片方の手は手綱を持ち、片方の手でエレオノーラのお腹を抱える。
「ふむ、これも悪くはないな」
今度は耳の近くでジルベルトの声が聞こえてきた。これはこれで、疲れるかもしれない。エレオノーラが恥ずかしくなって下を向くと、うなじがジルベルトから丸見えになった。別にうなじが好きとかそういうわけではないのだが、そのうなじの脇、つまり耳の下あたりが赤く染まっていることに気付いた。それがあまりにも可愛らしいので、そこに唇を落とした。
「ひゃ、何をなさるんですか?」
エレオノーラは触れられた首元を押さえる。
「すまん、あまりにも可愛いからつい」
「ついって、なんですか? ついって」
そこで頬を膨らませる。こういった姿が彼女の本当の姿なのだろう。
「そうだ。先ほどから一つ気になっているのだが、それはなんだ?」
ジルベルトの言うそれとは、エレオノーラが手にしているバスケットのこと。
「バスケット、つまり籠ですね」
「私が聞いているのはそういうことではないのだが」
「ええ、知っています。ですからわざとです」
どうやら、エレオノーラは少し怒っているようだ。まったくもって、ジルベルトには心当たりが無い。
馬のマックスはカッポカッポとゆっくりと歩いている。目の前に建物は無い。左手に広がる木々と、右手に広がる草原。日差しは穏やかであり、木々たちがそれを遮ってくれている。日々の喧騒を忘れてしまうようだ、というのはこういうことを言うのだろう。馬での遠乗りは、まさしく騎士団としての仕事を忘れさせてくれるような穏やかさを与えてくれる。それと同時に、あの国王からの度重なる嫌がらせも。
川を渡ってすぐのところで、馬を止めた。ジルベルトが颯爽と馬からおりた。エレオノーラもおりようとしたら、ジルベルトによって腰を抱きかかえられ、ふわりとおろされた。
「ここで少し休憩しよう」
マックスを木につなぎながら、ジルベルトが言った。
「お疲れ様、マックス」
エレオノーラはマックスの頭を優しく撫でた。マックスも悪い気はしないのだろう。機嫌の良かった彼は、より一層機嫌が良くなったらしい。そんなマックスさえもうらやましく思ってしまうジルベルト。
「この辺りでいいか?」
誰に聞くわけでもなく、一人呟くと、ジルベルトは敷物を敷いた。大きな木の下。目の前の少し先には川がちろちろと穏やかに流れている。
「では、ジル様。お昼ご飯にしませんか?」
エレオノーラはバスケットを掲げて見せた。
「昼ご飯」
とジルベルトが呟いているが。「いや、こちらでも準備をしている」
ジルベルトが荷物を確認し、昼食が入っていると思われる荷物を解くと、そこにはおやつしか入っていなかった。
「私が準備します、とリガウン家の方には伝えておきましたので」
あまりにも茫然と立ち尽くすジルベルトが面白過ぎて、エレオノーラは楽しそうに笑っていた。
デートに誘って欲しいと自分からお願いしてみたものの、貴重な時間を奪ってしまって申し訳ないという気持ちもあった。
「お嬢様、ジルベルト様がいらっしゃいました」
今日のエレオノーラは、知的美人ではない。いつものエレオノーラを少しおしゃれにした感じ。ジルベルトが提案してくれたデートは、馬での遠乗り。だから、動きやすいドレスではなくゆったりしたズボンを選び、髪の毛も高い位置で一つにまとめている。
「エレン。任務では無いからといって、はしゃぎすぎないように」
出掛け間際に、ダニエルに念を押されてしまった。
馬車でリガウン家所有の厩まで向かい、そこから馬に乗り換える。
「久しぶりだな」
「ご無沙汰しております。ジルベルト様。ジルベルト様のマックスは今日もご機嫌ですよ」
馬番は目を細めて、嬉しそうに馬について語る。たいてい馬番という者は、馬を語るときは幸せそうな顔をするものだ。
ジルベルトはエレオノーラを簡単に紹介すると、馬番はより一層、幸せそうな顔をした。エレオノーラは馬ではないはずだが。
ジルベルトは愛馬を引いて、少し場所を移動した。馬番が言った通り、マックスは機嫌がいいようだ。
「あの、ジル様。私も一人で馬に乗れますが?」
ジルベルトが準備した馬は一頭。
「だが、せっかくデートなら、二人で乗った方がいいのではないか?」
馬に乗ったジルベルトが手を差し出したため、それを手にすると身体がふわりと浮いた。見事、ジルベルトに横向きに抱っこされてしまった。だから、エレオノーラの目の前には彼の顔がある。
「あのジル様」
「なんだ」
「ちょっとこれでは、疲れませんか?」
「そうか?」
こくこくとエレオノーラは頷いた。「私も馬には乗れます。ジル様もそろそろお忘れになっているかもしれませんが、私、一応騎士ですので」
「そうだな」
ジルベルトは少し寂しそうに顔を歪めると、エレオノーラを抱きなおした。彼女は馬にまたがる形になった。エレオノーラは手綱を手にすると、両脇の下からジルベルトの手が伸びてきた。片方の手は手綱を持ち、片方の手でエレオノーラのお腹を抱える。
「ふむ、これも悪くはないな」
今度は耳の近くでジルベルトの声が聞こえてきた。これはこれで、疲れるかもしれない。エレオノーラが恥ずかしくなって下を向くと、うなじがジルベルトから丸見えになった。別にうなじが好きとかそういうわけではないのだが、そのうなじの脇、つまり耳の下あたりが赤く染まっていることに気付いた。それがあまりにも可愛らしいので、そこに唇を落とした。
「ひゃ、何をなさるんですか?」
エレオノーラは触れられた首元を押さえる。
「すまん、あまりにも可愛いからつい」
「ついって、なんですか? ついって」
そこで頬を膨らませる。こういった姿が彼女の本当の姿なのだろう。
「そうだ。先ほどから一つ気になっているのだが、それはなんだ?」
ジルベルトの言うそれとは、エレオノーラが手にしているバスケットのこと。
「バスケット、つまり籠ですね」
「私が聞いているのはそういうことではないのだが」
「ええ、知っています。ですからわざとです」
どうやら、エレオノーラは少し怒っているようだ。まったくもって、ジルベルトには心当たりが無い。
馬のマックスはカッポカッポとゆっくりと歩いている。目の前に建物は無い。左手に広がる木々と、右手に広がる草原。日差しは穏やかであり、木々たちがそれを遮ってくれている。日々の喧騒を忘れてしまうようだ、というのはこういうことを言うのだろう。馬での遠乗りは、まさしく騎士団としての仕事を忘れさせてくれるような穏やかさを与えてくれる。それと同時に、あの国王からの度重なる嫌がらせも。
川を渡ってすぐのところで、馬を止めた。ジルベルトが颯爽と馬からおりた。エレオノーラもおりようとしたら、ジルベルトによって腰を抱きかかえられ、ふわりとおろされた。
「ここで少し休憩しよう」
マックスを木につなぎながら、ジルベルトが言った。
「お疲れ様、マックス」
エレオノーラはマックスの頭を優しく撫でた。マックスも悪い気はしないのだろう。機嫌の良かった彼は、より一層機嫌が良くなったらしい。そんなマックスさえもうらやましく思ってしまうジルベルト。
「この辺りでいいか?」
誰に聞くわけでもなく、一人呟くと、ジルベルトは敷物を敷いた。大きな木の下。目の前の少し先には川がちろちろと穏やかに流れている。
「では、ジル様。お昼ご飯にしませんか?」
エレオノーラはバスケットを掲げて見せた。
「昼ご飯」
とジルベルトが呟いているが。「いや、こちらでも準備をしている」
ジルベルトが荷物を確認し、昼食が入っていると思われる荷物を解くと、そこにはおやつしか入っていなかった。
「私が準備します、とリガウン家の方には伝えておきましたので」
あまりにも茫然と立ち尽くすジルベルトが面白過ぎて、エレオノーラは楽しそうに笑っていた。