彼女と会うときはいつもこの店だ。特に約束をしているわけでもない。なんとなく彼女に会いたいと思ったときに足を向けると、偶然か必然か、偶々なのか運命なのか、彼女に会うことができた。
カランカランとベルを鳴らしながら、その扉を開ける。それを開けると、自分に気付いた彼女は必ずその名を呼んでくれる。
「あら、アンディ」
今日もカウンターで一人、グラスを傾けていた。濃い目の青いドレスが、部屋の淡い明かりを反射して、艶やかに輝いている。
「やあ、マリー。君はあいかわらず素敵だね」
「あなたもね」
うふふ、と上品に笑みを浮かべる彼女の口元を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
「いつもの」
カウンターの向こうのバーテンダーに声をかけ、マリーの隣に座った。
「それで、どうだった? 例のパーティは。参加したのでしょう?」
彼女は言い、オレンジ色の液体を一口飲む。アンディはその喉元についつい見入ってしまう。その液体と同じように、彼女の体中を駆け巡りたいという思いが生まれる。
出された酒をアンディは手にした。彼女の質問に答える前に、それを一口飲む。喉に刺激を与えるそれが心地よい。
「ここでは、あれだな。奥へ行こう」
「あら、珍しい。上じゃなくていいの?」
「たまには私だって真摯なところを見せないとな」
「あなたはいつだって、ジェントルでしょ?」
彼女のそれに、アンディもゆっくりと笑みを浮かべる。彼女とのこういう言葉の駆け引きも悪くはない。
マリーの腰に手を回して場所を移動する。奥のボックス席。ここは、入口からは死角になって誰がいるのかもわからない席だ。ボックス席同士もそこそこ離れていて、隣に誰がいるかなんていうのは、座っているだけではわからない。わざわざ相手の席まで足を運ぶのであれば別だが。
つまり、この席はこういった密談とかするときに適している場所。ただ、最も適している場所は上の部屋ではあるのだが、そこでは下心が丸見えだし、その下心が邪魔をしてまともな会話もできなくなる。だから、ちょっと真面目な話をするときにはこの場所がいい。
「それで、例のパーティは?」
「それが気になっているようだな」
「もちろん。焦らさないで教えてよ」
「いつも焦らされている私の気持ちがわかったかな?」
そこでアンディは一口、薄い茶色の液体を飲む。氷がカコンと鳴る。
「まあ、私は焦らしてなんかいないけれど?」
プイっとそっぽを向く彼女は、その妖艶な容姿と反しているにも関わらず、魅力的だ。
「マリー、拗ねないでくれ」
「拗ねていないけれど?」
結局、アンディはマリーにはかなわない。この一つ一つの動作が、自分を魅了してくる。
「あの婚約者という女に会った。フランシア家の娘というのは本当だったようだな」
「でしょ」
嬉しそうにマリーはグラスを傾ける。自分の情報が正しかったということを誇示しているのだろう。「それで?」
「あの騎士団長はかなり婚約者に惚れこんでいるようだな。誰も近づけさせないように牽制していた」
アンディはあのときのそれを思い出し、笑みをこぼした。「ただ、彼女は身体が丈夫ではないというのは、本当のようだな。ああいったところに慣れていないのだろう。具合が悪くなって途中退場だ」
「あらあら、とんだお嬢様ね」
「ああ、あれならやりやすいな。こちらに抵抗するような力も無いだろう」
「あら。抵抗すればやっちゃえばいいのよ?」
「何を?」
「あなたの得意な、気持ちよくなれるおくすり。やっちゃえばいいんじゃない? そしたら彼女はこちらの言いなりよね?」
ふむ、とアンディは顎に手をあて、そこをさすった。マリーの言うことも一理ある。薬を打ってしまえばこちらに抵抗はしてこないだろう。場合によっては洗脳することも可能だ。
「さすがマリーだな」
「だって、私。お嬢様って嫌いなんだもん。お高くとまっていて。たかが貴族に生まれただけのくせに。だからね、そんなお嬢様が堕ちていくところ。想像しただけでぞくぞくしちゃうのよ」
首を傾けて笑むと、またグラスを口元に運んだ。彼女が口をつけたそこには、真っ赤な口紅がうつっている。それをそっと指で拭う。その仕草もアンディにとっては刺激的だ。
「それがマリーの望みなら、叶えようか?」彼女のその唇を、自分にも這わせてくれないだろうか。「ただし、一つ条件がある」
「何かしら?」
「そろそろ俺の女にならないか」
「まあ」
マリーが目を見開いた。アンディがアプローチをしていたことなど、とっくの昔に気付いていただろう。
そこで彼女は上品に笑む。
「そうね。そろそろそれも悪くはないかもしれないわね」
マリーは首を傾け、隣に座っているアンディの肩にその頭を預けた。肩にぐっと重みを感じた。それも悪くはない。
「刺激のある生活を約束してくれるのかしら?」
マリーは上目遣いにアンディを見つめた。
「もちろん」
彼はマリーの腰に手を回した。細い腰。力を入れたら折れそうなくらい細い。この腰も他の誰にも触れさせたくない。
「約束するよ」
カランカランとベルを鳴らしながら、その扉を開ける。それを開けると、自分に気付いた彼女は必ずその名を呼んでくれる。
「あら、アンディ」
今日もカウンターで一人、グラスを傾けていた。濃い目の青いドレスが、部屋の淡い明かりを反射して、艶やかに輝いている。
「やあ、マリー。君はあいかわらず素敵だね」
「あなたもね」
うふふ、と上品に笑みを浮かべる彼女の口元を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
「いつもの」
カウンターの向こうのバーテンダーに声をかけ、マリーの隣に座った。
「それで、どうだった? 例のパーティは。参加したのでしょう?」
彼女は言い、オレンジ色の液体を一口飲む。アンディはその喉元についつい見入ってしまう。その液体と同じように、彼女の体中を駆け巡りたいという思いが生まれる。
出された酒をアンディは手にした。彼女の質問に答える前に、それを一口飲む。喉に刺激を与えるそれが心地よい。
「ここでは、あれだな。奥へ行こう」
「あら、珍しい。上じゃなくていいの?」
「たまには私だって真摯なところを見せないとな」
「あなたはいつだって、ジェントルでしょ?」
彼女のそれに、アンディもゆっくりと笑みを浮かべる。彼女とのこういう言葉の駆け引きも悪くはない。
マリーの腰に手を回して場所を移動する。奥のボックス席。ここは、入口からは死角になって誰がいるのかもわからない席だ。ボックス席同士もそこそこ離れていて、隣に誰がいるかなんていうのは、座っているだけではわからない。わざわざ相手の席まで足を運ぶのであれば別だが。
つまり、この席はこういった密談とかするときに適している場所。ただ、最も適している場所は上の部屋ではあるのだが、そこでは下心が丸見えだし、その下心が邪魔をしてまともな会話もできなくなる。だから、ちょっと真面目な話をするときにはこの場所がいい。
「それで、例のパーティは?」
「それが気になっているようだな」
「もちろん。焦らさないで教えてよ」
「いつも焦らされている私の気持ちがわかったかな?」
そこでアンディは一口、薄い茶色の液体を飲む。氷がカコンと鳴る。
「まあ、私は焦らしてなんかいないけれど?」
プイっとそっぽを向く彼女は、その妖艶な容姿と反しているにも関わらず、魅力的だ。
「マリー、拗ねないでくれ」
「拗ねていないけれど?」
結局、アンディはマリーにはかなわない。この一つ一つの動作が、自分を魅了してくる。
「あの婚約者という女に会った。フランシア家の娘というのは本当だったようだな」
「でしょ」
嬉しそうにマリーはグラスを傾ける。自分の情報が正しかったということを誇示しているのだろう。「それで?」
「あの騎士団長はかなり婚約者に惚れこんでいるようだな。誰も近づけさせないように牽制していた」
アンディはあのときのそれを思い出し、笑みをこぼした。「ただ、彼女は身体が丈夫ではないというのは、本当のようだな。ああいったところに慣れていないのだろう。具合が悪くなって途中退場だ」
「あらあら、とんだお嬢様ね」
「ああ、あれならやりやすいな。こちらに抵抗するような力も無いだろう」
「あら。抵抗すればやっちゃえばいいのよ?」
「何を?」
「あなたの得意な、気持ちよくなれるおくすり。やっちゃえばいいんじゃない? そしたら彼女はこちらの言いなりよね?」
ふむ、とアンディは顎に手をあて、そこをさすった。マリーの言うことも一理ある。薬を打ってしまえばこちらに抵抗はしてこないだろう。場合によっては洗脳することも可能だ。
「さすがマリーだな」
「だって、私。お嬢様って嫌いなんだもん。お高くとまっていて。たかが貴族に生まれただけのくせに。だからね、そんなお嬢様が堕ちていくところ。想像しただけでぞくぞくしちゃうのよ」
首を傾けて笑むと、またグラスを口元に運んだ。彼女が口をつけたそこには、真っ赤な口紅がうつっている。それをそっと指で拭う。その仕草もアンディにとっては刺激的だ。
「それがマリーの望みなら、叶えようか?」彼女のその唇を、自分にも這わせてくれないだろうか。「ただし、一つ条件がある」
「何かしら?」
「そろそろ俺の女にならないか」
「まあ」
マリーが目を見開いた。アンディがアプローチをしていたことなど、とっくの昔に気付いていただろう。
そこで彼女は上品に笑む。
「そうね。そろそろそれも悪くはないかもしれないわね」
マリーは首を傾け、隣に座っているアンディの肩にその頭を預けた。肩にぐっと重みを感じた。それも悪くはない。
「刺激のある生活を約束してくれるのかしら?」
マリーは上目遣いにアンディを見つめた。
「もちろん」
彼はマリーの腰に手を回した。細い腰。力を入れたら折れそうなくらい細い。この腰も他の誰にも触れさせたくない。
「約束するよ」