任務を終えたエレオノーラは、一足お先に屋敷へと戻っていた。
「あぁ、極楽だわ~。この任務後のマッサージがたまわないわ~」
侍女のパメラに全身を揉み揉みとされている。
今日の潜入捜査も大成功。兄は第零騎士団の団長と騎士団の総帥への報告があるため、王宮へと向かった。潜入班の一団員であるエレオノーラはそのまま屋敷へと直帰。
疲れたわ~と言って歩きながらタキシードを脱ぎ、その後ろから侍女のパメラがそれを拾ってついてくる。そして自室に入ったころには下着姿、という恐ろしい早脱ぎ術。さらに、侍女であるパメラに「マッサージをお願い」とまで言ってしまう始末。
「お嬢様。今日は誰もおりませんからよかったのですが、せめて衣装を脱ぐのは部屋に戻ってからにしてください」
「わかってるわよ。今日は誰もいないからそうしただけよ」
俯せになりながらも、ぷーっと唇を尖らせた。
このエレオノーラが、先ほどの男性店員に化けたエレオノーラと同一人物であると誰が思うだろうか。
否。
エレオノーラは金色に輝く緩やかにウェーブのかかった髪の毛を持ち合わせていた。体格もそれなりにスレンダーで出ているところもそれなりに出ていた。黙っていれば女神、と形容してくれるのは、兄バカの兄たち。そう、それはまるで豊穣の女神である、と。
しかし、先ほどの変装はどこからどう見ても高級酒場の男性店員だった。出ているところもうまく隠し、長い髪もうまく隠し。どこからどう見ても男だった。声色ももちろん。
「本当にお嬢様の変装には、毎回驚かされます。外見はもちろんですが、声色なども変わっていて、私でさえも見分けがつきません」
エレオノーラのふくらはぎを揉みながらパメラは言った。
「あら、それは演じる者にとって最高の誉め言葉ね」
エレオノーラは変装のことを『演じる』と表現する。それは昔取った杵柄に関係するものだ。その昔とはエレオノーラがエレオノーラとして生まれる前の話。前世なのかそれよりも前世なのか、とにかく昔の記憶。
地球の日本という国の女子高生と呼ばれる頃の記憶。その女子高生は演劇部だった。某歌劇団を目指していたけれど、見事に惨敗。それでも高校の演劇部では様々な役を演じることができた。その後も劇団に入り、役者としての一生を終えた。
そのとき、役になりきるときに流行ったのが、その役の仮面をつける、という表現。だからエレオノーラは今でも潜入捜査のときには仮面をつける。
と、そんな大昔の記憶を掘り起こしながら、パメラに揉み揉みとされていると、気持ちがよくてついつい意識を失ってしまいそうになる。
「お嬢様。眠ってしまわれてもかまいませんよ」
パメラが優しすぎるので、幾度となく意識を手放しそうになった。多分、意識を失いかけた四度目のときだったと思う。勢いよく部屋に入ってきた人物の音で、全身がビクリと震えてしまった。この寝入りばなに現実に引き戻されてしまうと、とても悔しい気持ちがするのはなぜだろう。
「ダニエル様。いくら御兄妹とは言え、せめてノックをお願いいたします」
パメラが両手をお腹の前で揃えて、ペコリと頭を下げた。
「たたたたたたたた、たいへんだ」
兄が壊れた、とエレオノーラは思った。下着姿ではあるけれど、ゆっくりと起き上がる。「どうかなさいましたか? ダンお兄さま」
「どうもこうもない。だが、お前のその恰好は目のやり場に困る。それでは大変ではなく変態になるからやめておけ」
「いきなり人の部屋に入ってきて、それは失礼ではありませんか」
パメラが黙ってガウンを羽織らせようとしたので、エレオノーラはそれに従う。
「これでよろしいかしら?」
「それならまだマシだ」
ダニエルはずかずかとソファに近づき座り、そこに肩を広げて限界まで寄りかかった。天井を仰いでいる。
「パメラ、お兄さまにお茶を」
ガウンを羽織ったエレオノーラはベッドからおりて、兄の向かい側のソファにゆったりと腰を落ち着けた。
「それで、何が大変なのですか?」
「第一騎士団のリガウン団長がだ」
「はい。先ほどお会いしました」
「それがだ。そのリガウン団長が、エレン、君を妻に娶りたいとか言い出した」
「は?」
というタイミングで二人の前にお茶を差し出すパメラ。
「責任を取りたい、とか言っていたぞ?」
「何の?」
「それは、オレが聞きたい」
エレオノーラはカップを手にした。お茶を一口含みながら考える。責任って、何の責任だろうか。
「リガウン団長は、確か侯爵家ですよね? それがこの子爵家の私を妻に、ですか?」
「相手の言葉を真に受けるなら、そうなるな」
「つまり、玉の輿」
「そういう、面白い発想に持っていくのはやめろ。父上にも報告できるようなネタを考えろ」
ダニエルもお茶を手にした。なんとか落ち着こうとしているのかもしれない。
「ネタも何も。リガウン団長とは先ほど任務でお会いしたので初対面です。何の責任を取ろうとしているのかが私にはまったくもって心当たりがございません」
エレオノーラの言うことはもっともである。なぜならぶつかった瞬間、彼が第一騎士団の団長であるということを認識していなかったのだから。
「実は、一線を越えてしまった、とかはないだろうな?」
「お兄さま。あの状況で超えられるのであれば、是非、教えを乞いたいものです」
エレオノーラの目が怖かったので、「冗談だ」とダニエルは呟いた。
「あの任務時に、リガウン団長と何があったのか。秒単位で話せ」
と言われてしまったため、エレオノーラは記憶を掘り起こすことにしてみた。
「あぁ、極楽だわ~。この任務後のマッサージがたまわないわ~」
侍女のパメラに全身を揉み揉みとされている。
今日の潜入捜査も大成功。兄は第零騎士団の団長と騎士団の総帥への報告があるため、王宮へと向かった。潜入班の一団員であるエレオノーラはそのまま屋敷へと直帰。
疲れたわ~と言って歩きながらタキシードを脱ぎ、その後ろから侍女のパメラがそれを拾ってついてくる。そして自室に入ったころには下着姿、という恐ろしい早脱ぎ術。さらに、侍女であるパメラに「マッサージをお願い」とまで言ってしまう始末。
「お嬢様。今日は誰もおりませんからよかったのですが、せめて衣装を脱ぐのは部屋に戻ってからにしてください」
「わかってるわよ。今日は誰もいないからそうしただけよ」
俯せになりながらも、ぷーっと唇を尖らせた。
このエレオノーラが、先ほどの男性店員に化けたエレオノーラと同一人物であると誰が思うだろうか。
否。
エレオノーラは金色に輝く緩やかにウェーブのかかった髪の毛を持ち合わせていた。体格もそれなりにスレンダーで出ているところもそれなりに出ていた。黙っていれば女神、と形容してくれるのは、兄バカの兄たち。そう、それはまるで豊穣の女神である、と。
しかし、先ほどの変装はどこからどう見ても高級酒場の男性店員だった。出ているところもうまく隠し、長い髪もうまく隠し。どこからどう見ても男だった。声色ももちろん。
「本当にお嬢様の変装には、毎回驚かされます。外見はもちろんですが、声色なども変わっていて、私でさえも見分けがつきません」
エレオノーラのふくらはぎを揉みながらパメラは言った。
「あら、それは演じる者にとって最高の誉め言葉ね」
エレオノーラは変装のことを『演じる』と表現する。それは昔取った杵柄に関係するものだ。その昔とはエレオノーラがエレオノーラとして生まれる前の話。前世なのかそれよりも前世なのか、とにかく昔の記憶。
地球の日本という国の女子高生と呼ばれる頃の記憶。その女子高生は演劇部だった。某歌劇団を目指していたけれど、見事に惨敗。それでも高校の演劇部では様々な役を演じることができた。その後も劇団に入り、役者としての一生を終えた。
そのとき、役になりきるときに流行ったのが、その役の仮面をつける、という表現。だからエレオノーラは今でも潜入捜査のときには仮面をつける。
と、そんな大昔の記憶を掘り起こしながら、パメラに揉み揉みとされていると、気持ちがよくてついつい意識を失ってしまいそうになる。
「お嬢様。眠ってしまわれてもかまいませんよ」
パメラが優しすぎるので、幾度となく意識を手放しそうになった。多分、意識を失いかけた四度目のときだったと思う。勢いよく部屋に入ってきた人物の音で、全身がビクリと震えてしまった。この寝入りばなに現実に引き戻されてしまうと、とても悔しい気持ちがするのはなぜだろう。
「ダニエル様。いくら御兄妹とは言え、せめてノックをお願いいたします」
パメラが両手をお腹の前で揃えて、ペコリと頭を下げた。
「たたたたたたたた、たいへんだ」
兄が壊れた、とエレオノーラは思った。下着姿ではあるけれど、ゆっくりと起き上がる。「どうかなさいましたか? ダンお兄さま」
「どうもこうもない。だが、お前のその恰好は目のやり場に困る。それでは大変ではなく変態になるからやめておけ」
「いきなり人の部屋に入ってきて、それは失礼ではありませんか」
パメラが黙ってガウンを羽織らせようとしたので、エレオノーラはそれに従う。
「これでよろしいかしら?」
「それならまだマシだ」
ダニエルはずかずかとソファに近づき座り、そこに肩を広げて限界まで寄りかかった。天井を仰いでいる。
「パメラ、お兄さまにお茶を」
ガウンを羽織ったエレオノーラはベッドからおりて、兄の向かい側のソファにゆったりと腰を落ち着けた。
「それで、何が大変なのですか?」
「第一騎士団のリガウン団長がだ」
「はい。先ほどお会いしました」
「それがだ。そのリガウン団長が、エレン、君を妻に娶りたいとか言い出した」
「は?」
というタイミングで二人の前にお茶を差し出すパメラ。
「責任を取りたい、とか言っていたぞ?」
「何の?」
「それは、オレが聞きたい」
エレオノーラはカップを手にした。お茶を一口含みながら考える。責任って、何の責任だろうか。
「リガウン団長は、確か侯爵家ですよね? それがこの子爵家の私を妻に、ですか?」
「相手の言葉を真に受けるなら、そうなるな」
「つまり、玉の輿」
「そういう、面白い発想に持っていくのはやめろ。父上にも報告できるようなネタを考えろ」
ダニエルもお茶を手にした。なんとか落ち着こうとしているのかもしれない。
「ネタも何も。リガウン団長とは先ほど任務でお会いしたので初対面です。何の責任を取ろうとしているのかが私にはまったくもって心当たりがございません」
エレオノーラの言うことはもっともである。なぜならぶつかった瞬間、彼が第一騎士団の団長であるということを認識していなかったのだから。
「実は、一線を越えてしまった、とかはないだろうな?」
「お兄さま。あの状況で超えられるのであれば、是非、教えを乞いたいものです」
エレオノーラの目が怖かったので、「冗談だ」とダニエルは呟いた。
「あの任務時に、リガウン団長と何があったのか。秒単位で話せ」
と言われてしまったため、エレオノーラは記憶を掘り起こすことにしてみた。