建国記念パーティ。その名の通り、この国が成り立った日を祝うパーティで、年に一度、王宮で盛大に開かれる。
いつもなら招待状なんていうものは届かず、このパーティの警備責任者として現場を仕切っていたジルベルトであるが、こともあろうが国王の名前で招待状が届いてしまったことが不運の始まりとしかいいようがない。しかもこの国王、その招待状を他の団員たちに見せつけるかのように、リガウン家に送ってきたわけではなく第一騎士団宛てに送ってきたものだから、嫌味としかいいようがない。ということでジルベルトは一度、屋敷に戻る羽目になったのだ。その招待状の件を両親に報告するために。
「よかったわね、招待状が届いて。建国記念パーティなんて、一生、あなたに縁の無いものと思っていましたよ」
願わくば、一生縁が無くて良かった。
「せっかくですから、エレンにはあなたの名前でドレスを送っておきましょう。どんなのがいいかしら。あ、あなたは滅多に着る機会がなかった式典用の騎士服ですね。それに似合うドレスがいいわね」
一番浮かれているのはこの母親ではないか、とジルベルトは思っていた。
式典用の騎士服は、その名の通り式典に出席する騎士のための騎士服。警備を担当する騎士の騎士服と違い、機能性に優れていない。きらびやか重視な騎士服だ。団長でありながらも、ことごとく面倒くさい式典にはサニエラを投入していたため、ジルベルトによってこの式典用の騎士服は着る機会はほとんど、めったに、いや全然なかったといっても過言ではない。
さくっと時は過ぎ。建国記念パーティ当日。
「エレン。くれぐれも、リガウン卿に失礼なことが無いように」
一番上のダニエルが言う。だが、この兄もフランシア家の代表としてパーティに参加する者だ。
「エレンの社交界か。僕も見たかったな」
二番目のドミニク。
「ドム兄、その場にいたらきっと、心臓が持ちませんよ」
三番目のフレディ。
「潜入ではなく、こうやって普通にパーティに参加するっていうのが、不思議な感じです」
「それは、オレも思っている。とにかく、お前は病弱なご令嬢という設定になっているんだ。何かボロが出そうになったら、気絶したフリでもしておけ」
「なるほど、さすがダンお兄さまです」
「お嬢様、リガウン侯爵家のジルベルト様がいらっしゃいました」
侍女のパメラが呼びに来た。
「では、行ってまいります」
エレオノーラの挨拶はまるで騎士のそれ。
「エレン。淑女らしく振舞いなさい」
ダニエルの言葉が飛んだ。これでは先が思いやられる。
執事に手を引かれて、エレオノーラはジルベルトの元へと向かった。
「お待たせしました」
エレオノーラの姿を見た瞬間、ジルベルトが固まった。それに気付いたエレオノーラは少し焦った。いつもの知的美人で攻めてみたが、失敗だったか。
「エレオノーラ嬢をお預かりいたします」
ジルベルトは何事もなかったかのように、エレオノーラの手をとった。先ほどの彼の態度は、エレオノーラの気のせいだったのだろうか。
馬車に乗ってジルベルトと二人で王宮に向かうのは二回目。向かい合って座ろうとすると、隣の席をポンポンと合図されたため、今日も並んで座る。
「ジル様。素敵なドレスをありがとうございます」
「いや、まあ。よく似合っている」
「ありがとうございます。ジル様の瞳の色と同じ色です」
ドレスは淡い緑色。ジルベルトの瞳の色も緑。こういう小細工をするところが、あの母親。
「ジル様、具合が悪いのですか?」
けして口数が多いジルベルトではないのだが、いつもと様子がおかしい。
エレオノーラはジルベルトの顔を覗き込んだ。といっても、エレオノーラが下から見上げる形になるのだが。
「あなたが」
とジルベルトが言いかける。
「私が?」
とエレオノーラが言う。「今日の恰好、変でしたか? ジル様の婚約者として知的美人をコンセプトに変装してみたのですが」
「いや、そうではない」
ジルベルトは右手の甲で口元を押さえた。これは、彼が何か言いたいけれどとても言いづらいときにとる行為であることに、エレオノーラは気付いている。
エレオノーラはその太い手首をそっと掴んだ。ジルベルトは目の前のエレオノーラの顔にドキリとする。化粧をして、大人びた雰囲気。二十代後半と言っても通じるものがあるだろう。
「ジル様。お顔を見せてください」
それはいつものジルベルトのセリフ。なぜか今日は主導権を握っているのはエレオノーラだ。
「ジル様。お顔が赤いですよ。お熱でも?」
そうやってエレオノーラが顔を近づけてくるから、落ち着こうとしても落ち着けない。空いていた左手で彼女の身体を抱き寄せた。
「ジルさま?」
「できれば、あなたを連れて行きたくなかった」
「もしかして。やはり、婚約者としてふさわしくない、ということでしょうか。私の変装が不十分ということでしょうか」
そうではない、とジルベルトはエレオノーラの胸元に顔を埋める。
「あなたがとても魅力的だからだ。今日もいつにも増して美しい。これでは、パーティに来る男どもがあなたに夢中になる」
「そんなことは」
ありません、と言おうとしたが、すぐさまジルベルトが言葉を続ける。
「わかっている。年甲斐もなく嫉妬していることを。私とあなたでは年が離れすぎているし、あなたにはもっとふさわしい男がいるのではないか、と思っている。あなたが、他の男と話をしたり踊ったりするのかと思うと、こう、胸が痛む」
「ジル様。そこは、お気になさらないでください」
エレオノーラはジルベルトの背中に手を回した。
「他の男性とお話をすることはあるかもしれませんが、けしてジル様のお側を離れません」
ジルベルトと離れて、婚約者としてのボロが出てもまずい。いや、仮面をつければそんなことも無いのだが、たまに強引な男もいるから、ジルベルトから離れないということは賢明な判断だろう。
「それに、ジル様以外の方とも踊りません」
そこでジルベルトは顔を上げた。堅物騎士団長と言われているジルベルトが少し可愛らしく見える。
「私。病弱なご令嬢なんです。何かあったら、倒れますから」
病弱な設定がこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。
「わかった。そのときは私があなたを抱いて逃げよう」
逃げるのか、とエレオノーラは思った。
いつもなら招待状なんていうものは届かず、このパーティの警備責任者として現場を仕切っていたジルベルトであるが、こともあろうが国王の名前で招待状が届いてしまったことが不運の始まりとしかいいようがない。しかもこの国王、その招待状を他の団員たちに見せつけるかのように、リガウン家に送ってきたわけではなく第一騎士団宛てに送ってきたものだから、嫌味としかいいようがない。ということでジルベルトは一度、屋敷に戻る羽目になったのだ。その招待状の件を両親に報告するために。
「よかったわね、招待状が届いて。建国記念パーティなんて、一生、あなたに縁の無いものと思っていましたよ」
願わくば、一生縁が無くて良かった。
「せっかくですから、エレンにはあなたの名前でドレスを送っておきましょう。どんなのがいいかしら。あ、あなたは滅多に着る機会がなかった式典用の騎士服ですね。それに似合うドレスがいいわね」
一番浮かれているのはこの母親ではないか、とジルベルトは思っていた。
式典用の騎士服は、その名の通り式典に出席する騎士のための騎士服。警備を担当する騎士の騎士服と違い、機能性に優れていない。きらびやか重視な騎士服だ。団長でありながらも、ことごとく面倒くさい式典にはサニエラを投入していたため、ジルベルトによってこの式典用の騎士服は着る機会はほとんど、めったに、いや全然なかったといっても過言ではない。
さくっと時は過ぎ。建国記念パーティ当日。
「エレン。くれぐれも、リガウン卿に失礼なことが無いように」
一番上のダニエルが言う。だが、この兄もフランシア家の代表としてパーティに参加する者だ。
「エレンの社交界か。僕も見たかったな」
二番目のドミニク。
「ドム兄、その場にいたらきっと、心臓が持ちませんよ」
三番目のフレディ。
「潜入ではなく、こうやって普通にパーティに参加するっていうのが、不思議な感じです」
「それは、オレも思っている。とにかく、お前は病弱なご令嬢という設定になっているんだ。何かボロが出そうになったら、気絶したフリでもしておけ」
「なるほど、さすがダンお兄さまです」
「お嬢様、リガウン侯爵家のジルベルト様がいらっしゃいました」
侍女のパメラが呼びに来た。
「では、行ってまいります」
エレオノーラの挨拶はまるで騎士のそれ。
「エレン。淑女らしく振舞いなさい」
ダニエルの言葉が飛んだ。これでは先が思いやられる。
執事に手を引かれて、エレオノーラはジルベルトの元へと向かった。
「お待たせしました」
エレオノーラの姿を見た瞬間、ジルベルトが固まった。それに気付いたエレオノーラは少し焦った。いつもの知的美人で攻めてみたが、失敗だったか。
「エレオノーラ嬢をお預かりいたします」
ジルベルトは何事もなかったかのように、エレオノーラの手をとった。先ほどの彼の態度は、エレオノーラの気のせいだったのだろうか。
馬車に乗ってジルベルトと二人で王宮に向かうのは二回目。向かい合って座ろうとすると、隣の席をポンポンと合図されたため、今日も並んで座る。
「ジル様。素敵なドレスをありがとうございます」
「いや、まあ。よく似合っている」
「ありがとうございます。ジル様の瞳の色と同じ色です」
ドレスは淡い緑色。ジルベルトの瞳の色も緑。こういう小細工をするところが、あの母親。
「ジル様、具合が悪いのですか?」
けして口数が多いジルベルトではないのだが、いつもと様子がおかしい。
エレオノーラはジルベルトの顔を覗き込んだ。といっても、エレオノーラが下から見上げる形になるのだが。
「あなたが」
とジルベルトが言いかける。
「私が?」
とエレオノーラが言う。「今日の恰好、変でしたか? ジル様の婚約者として知的美人をコンセプトに変装してみたのですが」
「いや、そうではない」
ジルベルトは右手の甲で口元を押さえた。これは、彼が何か言いたいけれどとても言いづらいときにとる行為であることに、エレオノーラは気付いている。
エレオノーラはその太い手首をそっと掴んだ。ジルベルトは目の前のエレオノーラの顔にドキリとする。化粧をして、大人びた雰囲気。二十代後半と言っても通じるものがあるだろう。
「ジル様。お顔を見せてください」
それはいつものジルベルトのセリフ。なぜか今日は主導権を握っているのはエレオノーラだ。
「ジル様。お顔が赤いですよ。お熱でも?」
そうやってエレオノーラが顔を近づけてくるから、落ち着こうとしても落ち着けない。空いていた左手で彼女の身体を抱き寄せた。
「ジルさま?」
「できれば、あなたを連れて行きたくなかった」
「もしかして。やはり、婚約者としてふさわしくない、ということでしょうか。私の変装が不十分ということでしょうか」
そうではない、とジルベルトはエレオノーラの胸元に顔を埋める。
「あなたがとても魅力的だからだ。今日もいつにも増して美しい。これでは、パーティに来る男どもがあなたに夢中になる」
「そんなことは」
ありません、と言おうとしたが、すぐさまジルベルトが言葉を続ける。
「わかっている。年甲斐もなく嫉妬していることを。私とあなたでは年が離れすぎているし、あなたにはもっとふさわしい男がいるのではないか、と思っている。あなたが、他の男と話をしたり踊ったりするのかと思うと、こう、胸が痛む」
「ジル様。そこは、お気になさらないでください」
エレオノーラはジルベルトの背中に手を回した。
「他の男性とお話をすることはあるかもしれませんが、けしてジル様のお側を離れません」
ジルベルトと離れて、婚約者としてのボロが出てもまずい。いや、仮面をつければそんなことも無いのだが、たまに強引な男もいるから、ジルベルトから離れないということは賢明な判断だろう。
「それに、ジル様以外の方とも踊りません」
そこでジルベルトは顔を上げた。堅物騎士団長と言われているジルベルトが少し可愛らしく見える。
「私。病弱なご令嬢なんです。何かあったら、倒れますから」
病弱な設定がこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。
「わかった。そのときは私があなたを抱いて逃げよう」
逃げるのか、とエレオノーラは思った。