仮面をつけたまま無事に謁見の間に辿り着いたエレオノーラ。
「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」
ドレスの裾をつまみ、国王に向かって礼をする。目の前にいた人物は、先ほどひらひらと手を振っていた彼だった。
謁見の間の見るからにきらびやかな椅子に座っている男はゆっくりと頷くと、ふと立ち上がった。
「堅苦しい挨拶は終わり、でいいよな?」
誰に許可を求めているのかはわからない。先ほどから謎過ぎるこの男。
「とりあえず、移動」
どこに、とエレオノーラはジルベルトの顔を見つめた。その顔は、黙ってついていくしかない、というあきらめの色が浮かんでいた。
だが、案内された場所は談話室だった。
「本当は夕食を一緒に、と思ったんだけど。こっちの方が話はしやすいだろ」
くだけた口調。
「私としてはさっさと帰りたいのだが」
見るからに不機嫌なジルベルト。
「冷たい。せっかく久しぶりに会えたというのに、どうせならゆっくりしていけよ」
「お前の目的は、彼女だろう。もう会ったんだから、充分だろう。むしろ、チラ見で充分だ。これ以上同じ空気を吸わなくていい」
「もう少し、話がしたい。ね、エレオノーラ嬢」
急に話を振られて、「え、そうですね」と思わず返してしまったが、これは失敗だっただろうか。
「ほらね、彼女もそう言っていることだし。遠慮するなよ」
「遠慮なんかしておらん」
「あの」
そこでエレオノーラは口を挟んだ。
「お二人はどのようなご関係ですか?」
ジルベルトと国王の顔を交互に見るエレオノーラはまるで首振り人形。
「え、ジル。言ってないの?」
「わざわざ言う必要もないだろう?」
なんなんだろう、この阿吽の呼吸のようなテンポの良さ。さらに、国王はジルベルトをジル呼ばわり。
「学院時代からの友人でね。ジルとは」
「まあ、そうだったんですか」
エレオノーラはちょっと大げさに驚いてみた。いや、驚いたのは事実。
「それでさ。聞きたかったんだけど。二人はどうやって出会ったわけ?」
組んだ足の上に右肘をついて、さらに頬杖をついた。その目は楽しそうに笑っている。むしろ、楽しさしかない。
どちらが話しましょうか、という視線を、エレオノーラはジルベルトに送った。彼の目は頼む、と言っているように見えた。言葉が無くても、彼の考えがわかるようになったのは進歩と呼べるのかもしれない。むしろ、進展だろうか。
「あ、はい。兄からの紹介です」
そこでエレオノーラは上品に笑んだ。ジルベルトの婚約者は知的で余裕のある大人の女性でなければならない。だから、あたふたしてはならない、余裕をもたなければならない、と思っている。
「エレオノーラ嬢の兄? ああ、もしかして第零騎士団の?」
「はい。陛下もご存知でしたか?」
「第零騎士団のフランシア家と言えば、有名だからね。あそこには三人息子がいたね」
「はい、兄は三人おります。一番上の兄が、ジル様と仲が良いので」
厳密に言えば、今は仲が良い、だが嘘ではない。
とそのとき、この談話室の扉が乱暴に開いた。
「ちょっと。ジルが。あのジルが女の子を連れてきてるって聞いたんだけど」
赤ん坊を器用に片手で抱きかかえた女性が現れた。
ジルベルトはそっとエレオノーラの耳元で「王妃殿下だ」と囁く。
また仮面を落としそうになる。危ない危ない。
「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」
エレオノーラはすっと立ち上がって、挨拶をした。
「まあ、あなたが」
王妃はゆっくりとエレオノーラに近づいてきた。彼女の腕の中の赤ん坊は機嫌がいいのか、あぶあぶと言っている。
「ジルったら、団長になってから私たちの護衛から外れるし」
「それは、団員たちをとりまとめて指示を出す必要があるからだ」
言い訳のようにも聞こえるが正論である。
「この子が生まれても顔を見せにこないし」
「警備があるからだ」
言い訳のようにも聞こえるが正論だろうか?
「とにかく、そうやって言い訳ばかりして、会いにきてくれないわよね」
「なぜ、一介の騎士が仕事でもないのに王族に会いにいかねばならない」
正論、かもしれない。
「だって、友達でしょ」
「彼女と私とジルは、学院の頃からの友人でね」
国王はこっそりとエレオノーラに囁いた。
そういえば、国王陛下と王妃殿下の出会いはどことなく耳にしたことがある。多分、王立学院時代に出会ったとか。そこにジルベルトも関わっていた、というのか。
「とにかく、今日はジルが来るっていうし」
「こいつに無理やり呼び出されただけだ」
「無理やりって酷くないか? 正攻法でいったら断るくせに」
二人の会話に国王までが混ざると、ややこしくなってくる。
「この娘はジルと会ったことがないし。ってことで急いで来ちゃった」
来ちゃったじゃないよ、とジルベルトは心の中で思う。また面倒くさいのが増えた、というのが本音。
「ちょっと、ジル。今、面倒くさいって思ったでしょ」
彼女がぐいぐいとジルベルトに迫っている。もちろん、ジルベルトは困っている。その様子を見ていたエレオノーラは勇気を振り絞って、声を出してみた。
「第二王女殿下ですね」
エレオノーラは上品に笑んだ。
「抱いてみる?」
王妃のその言葉に。
「そんな、恐れ多いです」
胸の前で両手を振るエレオノーラ。
「いいのよ。この子、人見知りしないから」
エレオノーラは振っていたその両手でそっと赤ん坊を受け取った。
「こことここを支えてね」
柔らかいのに、重い。あぶあぶと、赤ん坊は小さな右手をぐーにしてエレオノーラの方に突き出した。
「まあ、あなたのことが気に入ったみたい。私、いいこと考えちゃったんだけど」
「やめてくれ、君のいいことなんていいことになった試しがない」
ジルベルトは右手で額を押さえた。
「ねえ、エレオノーラをこの娘付きの侍女にどう?」
ほらみたことか、とジルベルトが呟いた。
「おい、ソフィア」
ジルベルトが立ち上がった。
「悪いが、彼女はあまり身体が丈夫ではない。だから、そういった無理な話をするな」
「まあ、ジルが怒った。珍しい」
ソフィアは娘をエレオノーラから受け取り、口元だけで笑う。
「でも、ソフィア。彼女はあまり社交界にも出ていないようだからね。体が丈夫ではないっていうのは、ジルベルトが今思いついた嘘では無いようだから、そういった無理な話はしないように」
たまにはいいことを言う。
「あら、あなただって彼女のことが気になっているでしょう? あのジルが見初めた娘ですもの」
「そう、だからね、私もいいことを思いついたんだ」
先ほどいいことを言うと思ったことは撤回。まったくこの夫婦は何を言っているのか。次から次へと。
「フランシア家の御息女のことで思い出したことが一つあってね。今、身体が丈夫ではないっていうことで、ピンときた。エレオノーラ嬢は外国語が非常に得意だよね。学院の成績でも他の者よりとびぬけてよかったはずだ」
それは、外国の方への諜報活動もあるかもしれない、と思い、外国語は特に力をいれて勉強していたからだ。
「だからさ、私たちの通訳の仕事をしないかい?」
「陛下」
ジルベルトが本気で怒った。
「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」
ドレスの裾をつまみ、国王に向かって礼をする。目の前にいた人物は、先ほどひらひらと手を振っていた彼だった。
謁見の間の見るからにきらびやかな椅子に座っている男はゆっくりと頷くと、ふと立ち上がった。
「堅苦しい挨拶は終わり、でいいよな?」
誰に許可を求めているのかはわからない。先ほどから謎過ぎるこの男。
「とりあえず、移動」
どこに、とエレオノーラはジルベルトの顔を見つめた。その顔は、黙ってついていくしかない、というあきらめの色が浮かんでいた。
だが、案内された場所は談話室だった。
「本当は夕食を一緒に、と思ったんだけど。こっちの方が話はしやすいだろ」
くだけた口調。
「私としてはさっさと帰りたいのだが」
見るからに不機嫌なジルベルト。
「冷たい。せっかく久しぶりに会えたというのに、どうせならゆっくりしていけよ」
「お前の目的は、彼女だろう。もう会ったんだから、充分だろう。むしろ、チラ見で充分だ。これ以上同じ空気を吸わなくていい」
「もう少し、話がしたい。ね、エレオノーラ嬢」
急に話を振られて、「え、そうですね」と思わず返してしまったが、これは失敗だっただろうか。
「ほらね、彼女もそう言っていることだし。遠慮するなよ」
「遠慮なんかしておらん」
「あの」
そこでエレオノーラは口を挟んだ。
「お二人はどのようなご関係ですか?」
ジルベルトと国王の顔を交互に見るエレオノーラはまるで首振り人形。
「え、ジル。言ってないの?」
「わざわざ言う必要もないだろう?」
なんなんだろう、この阿吽の呼吸のようなテンポの良さ。さらに、国王はジルベルトをジル呼ばわり。
「学院時代からの友人でね。ジルとは」
「まあ、そうだったんですか」
エレオノーラはちょっと大げさに驚いてみた。いや、驚いたのは事実。
「それでさ。聞きたかったんだけど。二人はどうやって出会ったわけ?」
組んだ足の上に右肘をついて、さらに頬杖をついた。その目は楽しそうに笑っている。むしろ、楽しさしかない。
どちらが話しましょうか、という視線を、エレオノーラはジルベルトに送った。彼の目は頼む、と言っているように見えた。言葉が無くても、彼の考えがわかるようになったのは進歩と呼べるのかもしれない。むしろ、進展だろうか。
「あ、はい。兄からの紹介です」
そこでエレオノーラは上品に笑んだ。ジルベルトの婚約者は知的で余裕のある大人の女性でなければならない。だから、あたふたしてはならない、余裕をもたなければならない、と思っている。
「エレオノーラ嬢の兄? ああ、もしかして第零騎士団の?」
「はい。陛下もご存知でしたか?」
「第零騎士団のフランシア家と言えば、有名だからね。あそこには三人息子がいたね」
「はい、兄は三人おります。一番上の兄が、ジル様と仲が良いので」
厳密に言えば、今は仲が良い、だが嘘ではない。
とそのとき、この談話室の扉が乱暴に開いた。
「ちょっと。ジルが。あのジルが女の子を連れてきてるって聞いたんだけど」
赤ん坊を器用に片手で抱きかかえた女性が現れた。
ジルベルトはそっとエレオノーラの耳元で「王妃殿下だ」と囁く。
また仮面を落としそうになる。危ない危ない。
「お初にお目にかかります。エレオノーラ・フランシアです」
エレオノーラはすっと立ち上がって、挨拶をした。
「まあ、あなたが」
王妃はゆっくりとエレオノーラに近づいてきた。彼女の腕の中の赤ん坊は機嫌がいいのか、あぶあぶと言っている。
「ジルったら、団長になってから私たちの護衛から外れるし」
「それは、団員たちをとりまとめて指示を出す必要があるからだ」
言い訳のようにも聞こえるが正論である。
「この子が生まれても顔を見せにこないし」
「警備があるからだ」
言い訳のようにも聞こえるが正論だろうか?
「とにかく、そうやって言い訳ばかりして、会いにきてくれないわよね」
「なぜ、一介の騎士が仕事でもないのに王族に会いにいかねばならない」
正論、かもしれない。
「だって、友達でしょ」
「彼女と私とジルは、学院の頃からの友人でね」
国王はこっそりとエレオノーラに囁いた。
そういえば、国王陛下と王妃殿下の出会いはどことなく耳にしたことがある。多分、王立学院時代に出会ったとか。そこにジルベルトも関わっていた、というのか。
「とにかく、今日はジルが来るっていうし」
「こいつに無理やり呼び出されただけだ」
「無理やりって酷くないか? 正攻法でいったら断るくせに」
二人の会話に国王までが混ざると、ややこしくなってくる。
「この娘はジルと会ったことがないし。ってことで急いで来ちゃった」
来ちゃったじゃないよ、とジルベルトは心の中で思う。また面倒くさいのが増えた、というのが本音。
「ちょっと、ジル。今、面倒くさいって思ったでしょ」
彼女がぐいぐいとジルベルトに迫っている。もちろん、ジルベルトは困っている。その様子を見ていたエレオノーラは勇気を振り絞って、声を出してみた。
「第二王女殿下ですね」
エレオノーラは上品に笑んだ。
「抱いてみる?」
王妃のその言葉に。
「そんな、恐れ多いです」
胸の前で両手を振るエレオノーラ。
「いいのよ。この子、人見知りしないから」
エレオノーラは振っていたその両手でそっと赤ん坊を受け取った。
「こことここを支えてね」
柔らかいのに、重い。あぶあぶと、赤ん坊は小さな右手をぐーにしてエレオノーラの方に突き出した。
「まあ、あなたのことが気に入ったみたい。私、いいこと考えちゃったんだけど」
「やめてくれ、君のいいことなんていいことになった試しがない」
ジルベルトは右手で額を押さえた。
「ねえ、エレオノーラをこの娘付きの侍女にどう?」
ほらみたことか、とジルベルトが呟いた。
「おい、ソフィア」
ジルベルトが立ち上がった。
「悪いが、彼女はあまり身体が丈夫ではない。だから、そういった無理な話をするな」
「まあ、ジルが怒った。珍しい」
ソフィアは娘をエレオノーラから受け取り、口元だけで笑う。
「でも、ソフィア。彼女はあまり社交界にも出ていないようだからね。体が丈夫ではないっていうのは、ジルベルトが今思いついた嘘では無いようだから、そういった無理な話はしないように」
たまにはいいことを言う。
「あら、あなただって彼女のことが気になっているでしょう? あのジルが見初めた娘ですもの」
「そう、だからね、私もいいことを思いついたんだ」
先ほどいいことを言うと思ったことは撤回。まったくこの夫婦は何を言っているのか。次から次へと。
「フランシア家の御息女のことで思い出したことが一つあってね。今、身体が丈夫ではないっていうことで、ピンときた。エレオノーラ嬢は外国語が非常に得意だよね。学院の成績でも他の者よりとびぬけてよかったはずだ」
それは、外国の方への諜報活動もあるかもしれない、と思い、外国語は特に力をいれて勉強していたからだ。
「だからさ、私たちの通訳の仕事をしないかい?」
「陛下」
ジルベルトが本気で怒った。