私ーー菊井楓は今日も絶不調。
 あまりに顔色が悪いため、ついに上長より早退を命じられてしまった。

 「申し訳ない……」

 ふらふらになりながら天神地下街を通って帰路に着く。昼過ぎの天神地下街は買い物客や観光客だけで、朝夕より幾分か人出がまばらだ。病院の予約を入れなくちゃ、と思うのだけど、人にぶつからないように歩くので精一杯だ。

「最近、体調が悪すぎるなあ……」

 たびたび雨に降られ、頻繁に頭痛に襲われているせいかすっかりグロッキーだ。
 しっかり早寝早起きを意識して、ご飯をきちんと食べたり運動したり、何かと気をつけてはいるのだけれど。

「……だめだ。少し薬局によって栄養剤買って帰ろう」

 帰宅する気力すら湧かない気分に活を入れるため、私は地下街のドラッグストアを一路目指す。
 ちょうどソラリアステージの真下を通っている時だろうか。
 急に、スマホが着信音を鳴らした。

「会社かな」

 スマホのディスプレイを覗くと、そこにはゴシック体で端的に名前が表示されていた。

「え、『高橋様』……?」

 家族や友人は呼び名、仕事の知り合いはフルネームと関係まで入力しておく癖がある私は、「高橋様」だけで入力することは殆どない。
 非通知でないのだから、知り合いではあるのだろう。

「……もしもし、菊井ですが」

 訝しみながら電話を取った私に、明るく弾んだ男性の声が聞こえてきた。

「おお、楓殿か!」

 ーーかえで、どの?
 私は混乱する。菊井ではなく下の名前で、しかも『殿』付きで呼ばれるなんて初めてだ。

「え、ええと……」

 言葉をなくした私に構わず、通話相手の男性は嬉しそうだった。

「いやあ、電話さえ繋がらなかったらと案じていたぞ。いや、よかった」

 柔らかな紳士の声が弾むのを聴きながら、私は強烈な違和感を覚え、地下街の片隅にしゃがみ込む。
 二日酔いみたいに頭がガンガンする。
 けれど、この痛みから逃げてはならないと『勘』が告げている。
 春ちゃん紹介の主治医から貰った薬で抑えてはダメだ。

「貴方様は、高橋様……」

 目を閉じて額を抑え、私は必死に痛みを乗り越えた先に辿り着こうとする。

「確か、太宰府で……以前太宰府でお会いした、お武家様、ですか?」

 その瞬間、電話の向こうの紳士が笑った気配がした。

「ふむ。やはり私の記憶には手が回っておらぬのだな」