翌日。
私は春ちゃんとの待ち合わせのため、天神駅の大画面前の壁にもたれて待っていた。
週末の天神は、観光客や遊びに出かけている人で溢れていて、平日の雰囲気と温度感が違う。鮮やかな服装の人が多くて賑やかで、立っているだけでも気持ちが浮かれてくる。
ふと気になって私は視線を夜さんと出会ったあたりへと向けた。
当然そこには夜さんの占いは出店していない。あそこで夜さんに出会って、篠崎さんに出会って。人生が随分と変わってきたように思う。
出会ったのは春。そして今は、学生さんの夏休みが終わった秋口だ。
「まだあれから半年も経ってないなんて……」
頭上の大画面を見上げれば、最新のジェリッシュのPVが流れている。雫紅(しずく)さんの霊力が暴走した時も大変だったっけ。
私は自然と微笑んでいた。
「あやかしとの思い出が……たった半年でたくさん増えたなあ」
私が感慨に耽っているところで、白いワンピースを着た春ちゃんがやってきた。
「お待たせ」
「……」
「どうしたの、楓ちゃん?」
私の視線に首を傾げる春ちゃん。真っ白なワンピースに帽子、剥き出しの腕が細くて真っ白だ。
綺麗すぎて彼女こそ、人間めいて見えない。
「春ちゃん、あやかしじゃないよね?」
私の言葉に春ちゃんはぱちぱちと大きな目を瞬かせる。
「あやかし? どうしてそんなこと思うの?」
「あ、いや、あまりに綺麗だからさ。……人間離れしてるっていうか、つい」
私は思わず誤魔化しながら、不意に篠崎さんと出会った時を思い出した。篠崎さんもとんでもなく目立つ美形だ。そういえば春ちゃんは篠崎さんと似た傾向の美しさのように思う。つるりとした頬に細い顎に、色っぽくて大きな瞳で、整いすぎて無表情だとちょっと怖いくらいの美形。
「ふふ、相変わらず面白い子なんだから」
そう言って笑う春ちゃんはやっぱり、鮮烈なくらい美しかった。
ーーー
私たちが乗り込んだ電車はちょうど柳川観光列車「水都」だった。一両ごとに艶やかな装飾が描かれている電車に乗りながら、私は慣れた様子の春ちゃんに尋ねる。
「春ちゃん。これ、特急料金とか予約とか、観光列車料金っていらないの?」
「大丈夫よ、この電車に乗れるなんてラッキーね。まるで柳川に歓迎されてるみたい」
春ちゃんはにこりと笑う。
東区育ちで大学も就職も福岡市内だった私には、私鉄天神大牟田線に乗るのはそれだけでとても新鮮だ。
市街地をぐんぐん進んでいく電車からの風景に目を奪われる。太宰府に乗り換える二日市駅より南は、私にとっては未知の場所だ。
柳川は私鉄天神大牟田線を特急で南下して、45分の場所に位置した城下町。
かつて立花家というお殿様が治めた場所で、今でもお殿様ゆかりの建物が数多く残る綺麗な場所だそうだ。
「そういえば、私が住んでる香椎から見える山、あれって立花山って言うよね。あれと何か関係あるの?」
「相変わらず鋭いわね楓ちゃん」
「い、いやあ……」
「立花山にいた立花って家のお殿様が、色々あって柳川に移動したのよ」
「へー、詳しいんだね……」
私は駅でもらった観光パンフレットに目を落とす。
あやかしの移住就職のお仕事をしているのに福岡のことは知りません!なんてちょっと恥ずかしい。
「私も観光案内を見て興味はあったけれど、なんとなく実際に行ったことなかったんだよね。だから誘ってくれて嬉しいよ」
「そう。なんとなくってあるわよね」
電車に揺られながら、春ちゃんは柳川について説明してくれた。
「柳川は今観光に力を入れているの。数年前に駅も改修されて、公共交通機関での観光がしやすくなってるのよ。外国人観光客の人も多いし、駅のカフェも可愛いし、お土産物屋さんも増えたし」
「詳しいんだね、春ちゃん」
「昔住んでたから、今もたまに行くのよ」
「へえ。私は全然知らなかった……天神大牟田線を下ること、あんまりなかったから」
窓の外を眺めると、ちょうど先日行った二日市の駅を通り過ぎる。
ここから15分ほどで久留米。さらに15分で、柳川だ。
「そういえば、どうして私行ったことなかったんだろう。福岡に住んでるのだから、行ったことがあってもおかしくないのに」
「……きっと、魂が抵抗してたのかもしれないわ」
窓外を流れる田園風景を眺めながら呟くと、春ちゃんがぽつりと口にした。
私は首を傾げて春ちゃんをみた。
「抵抗……?」
「なんでもないわ」
春ちゃんはいつもの綺麗な笑顔で、私に肩をすくめて見せた。そしてパッとスマホの画面をこちらに見せてきた。
「さ、うなぎはどこでいただくのか考えましょう! うなぎよ!」
「う、うなぎ……!」
私たちはそれから鰻屋さんをチョイスしながら、電車で他愛のない雑談を交わし続けた。
懐かしい思い出話や、柳川のどこに行きたいのか、といった当たり障りのない話。
ーー二人ともあえて、先日打ち明けた恋心の話を避けているような気がした。
私は春ちゃんの横顔を見ながら思う。親友の春ちゃんには、先に打ち明けておきたいかもしれない。
好きな人と今度、じっくり話をするということを。ーー私は、篠崎さんに告白したいと思ってることを。
話に盛り上がっていると楽しい電車の旅はすぐに終わり、私たちは柳川駅に降り立った。
晴れた柳川は格好の観光日和といった風情だ。
慣れた様子で春ちゃんが私を先導してくれた。
「川下りはこっちよ。三柱神社の前から船が出てるの」
「う、ん……」
私たちは駅から少し離れた川下り乗り場へと足を進める。川下り乗り場は大きな神社のすぐ側に位置し、水路に架けられた立派な太鼓橋を渡った場所にあった。
橋を踏み越えようとした瞬間、ビリ、と静電気が体を走る。
「……え?」
「楓ちゃん、どうしたの?」
「あ、なんか…なんか電車で痺れちゃったのかな。変な感じがして」
春ちゃんは髪を靡かせ、じっと私を見つめて微笑む。
「この橋の欄干、とても古いものを移築しているのよ。……昔、城で使われていたものなんですって」
「へえ……」
「きっと魂が喜んでいるのよ、この土地にもう一度来れたことに」
「ど、どういう……?」
「ほら行きましょう。川下りのおじさまが私たちに手を振ってくれているわ」
春ちゃんはにこやかに私の手をとり、乗り場まで足早に連れて行く。
私はぼうっと、流されるように彼女に導かれるままついていった。
私は春ちゃんとの待ち合わせのため、天神駅の大画面前の壁にもたれて待っていた。
週末の天神は、観光客や遊びに出かけている人で溢れていて、平日の雰囲気と温度感が違う。鮮やかな服装の人が多くて賑やかで、立っているだけでも気持ちが浮かれてくる。
ふと気になって私は視線を夜さんと出会ったあたりへと向けた。
当然そこには夜さんの占いは出店していない。あそこで夜さんに出会って、篠崎さんに出会って。人生が随分と変わってきたように思う。
出会ったのは春。そして今は、学生さんの夏休みが終わった秋口だ。
「まだあれから半年も経ってないなんて……」
頭上の大画面を見上げれば、最新のジェリッシュのPVが流れている。雫紅(しずく)さんの霊力が暴走した時も大変だったっけ。
私は自然と微笑んでいた。
「あやかしとの思い出が……たった半年でたくさん増えたなあ」
私が感慨に耽っているところで、白いワンピースを着た春ちゃんがやってきた。
「お待たせ」
「……」
「どうしたの、楓ちゃん?」
私の視線に首を傾げる春ちゃん。真っ白なワンピースに帽子、剥き出しの腕が細くて真っ白だ。
綺麗すぎて彼女こそ、人間めいて見えない。
「春ちゃん、あやかしじゃないよね?」
私の言葉に春ちゃんはぱちぱちと大きな目を瞬かせる。
「あやかし? どうしてそんなこと思うの?」
「あ、いや、あまりに綺麗だからさ。……人間離れしてるっていうか、つい」
私は思わず誤魔化しながら、不意に篠崎さんと出会った時を思い出した。篠崎さんもとんでもなく目立つ美形だ。そういえば春ちゃんは篠崎さんと似た傾向の美しさのように思う。つるりとした頬に細い顎に、色っぽくて大きな瞳で、整いすぎて無表情だとちょっと怖いくらいの美形。
「ふふ、相変わらず面白い子なんだから」
そう言って笑う春ちゃんはやっぱり、鮮烈なくらい美しかった。
ーーー
私たちが乗り込んだ電車はちょうど柳川観光列車「水都」だった。一両ごとに艶やかな装飾が描かれている電車に乗りながら、私は慣れた様子の春ちゃんに尋ねる。
「春ちゃん。これ、特急料金とか予約とか、観光列車料金っていらないの?」
「大丈夫よ、この電車に乗れるなんてラッキーね。まるで柳川に歓迎されてるみたい」
春ちゃんはにこりと笑う。
東区育ちで大学も就職も福岡市内だった私には、私鉄天神大牟田線に乗るのはそれだけでとても新鮮だ。
市街地をぐんぐん進んでいく電車からの風景に目を奪われる。太宰府に乗り換える二日市駅より南は、私にとっては未知の場所だ。
柳川は私鉄天神大牟田線を特急で南下して、45分の場所に位置した城下町。
かつて立花家というお殿様が治めた場所で、今でもお殿様ゆかりの建物が数多く残る綺麗な場所だそうだ。
「そういえば、私が住んでる香椎から見える山、あれって立花山って言うよね。あれと何か関係あるの?」
「相変わらず鋭いわね楓ちゃん」
「い、いやあ……」
「立花山にいた立花って家のお殿様が、色々あって柳川に移動したのよ」
「へー、詳しいんだね……」
私は駅でもらった観光パンフレットに目を落とす。
あやかしの移住就職のお仕事をしているのに福岡のことは知りません!なんてちょっと恥ずかしい。
「私も観光案内を見て興味はあったけれど、なんとなく実際に行ったことなかったんだよね。だから誘ってくれて嬉しいよ」
「そう。なんとなくってあるわよね」
電車に揺られながら、春ちゃんは柳川について説明してくれた。
「柳川は今観光に力を入れているの。数年前に駅も改修されて、公共交通機関での観光がしやすくなってるのよ。外国人観光客の人も多いし、駅のカフェも可愛いし、お土産物屋さんも増えたし」
「詳しいんだね、春ちゃん」
「昔住んでたから、今もたまに行くのよ」
「へえ。私は全然知らなかった……天神大牟田線を下ること、あんまりなかったから」
窓の外を眺めると、ちょうど先日行った二日市の駅を通り過ぎる。
ここから15分ほどで久留米。さらに15分で、柳川だ。
「そういえば、どうして私行ったことなかったんだろう。福岡に住んでるのだから、行ったことがあってもおかしくないのに」
「……きっと、魂が抵抗してたのかもしれないわ」
窓外を流れる田園風景を眺めながら呟くと、春ちゃんがぽつりと口にした。
私は首を傾げて春ちゃんをみた。
「抵抗……?」
「なんでもないわ」
春ちゃんはいつもの綺麗な笑顔で、私に肩をすくめて見せた。そしてパッとスマホの画面をこちらに見せてきた。
「さ、うなぎはどこでいただくのか考えましょう! うなぎよ!」
「う、うなぎ……!」
私たちはそれから鰻屋さんをチョイスしながら、電車で他愛のない雑談を交わし続けた。
懐かしい思い出話や、柳川のどこに行きたいのか、といった当たり障りのない話。
ーー二人ともあえて、先日打ち明けた恋心の話を避けているような気がした。
私は春ちゃんの横顔を見ながら思う。親友の春ちゃんには、先に打ち明けておきたいかもしれない。
好きな人と今度、じっくり話をするということを。ーー私は、篠崎さんに告白したいと思ってることを。
話に盛り上がっていると楽しい電車の旅はすぐに終わり、私たちは柳川駅に降り立った。
晴れた柳川は格好の観光日和といった風情だ。
慣れた様子で春ちゃんが私を先導してくれた。
「川下りはこっちよ。三柱神社の前から船が出てるの」
「う、ん……」
私たちは駅から少し離れた川下り乗り場へと足を進める。川下り乗り場は大きな神社のすぐ側に位置し、水路に架けられた立派な太鼓橋を渡った場所にあった。
橋を踏み越えようとした瞬間、ビリ、と静電気が体を走る。
「……え?」
「楓ちゃん、どうしたの?」
「あ、なんか…なんか電車で痺れちゃったのかな。変な感じがして」
春ちゃんは髪を靡かせ、じっと私を見つめて微笑む。
「この橋の欄干、とても古いものを移築しているのよ。……昔、城で使われていたものなんですって」
「へえ……」
「きっと魂が喜んでいるのよ、この土地にもう一度来れたことに」
「ど、どういう……?」
「ほら行きましょう。川下りのおじさまが私たちに手を振ってくれているわ」
春ちゃんはにこやかに私の手をとり、乗り場まで足早に連れて行く。
私はぼうっと、流されるように彼女に導かれるままついていった。