「き、きつね……?」
ふわふわもふもふの、狐の耳としっぽが、すごく綺麗で剣呑なお兄さんの頭とお尻から生えている。あーなるほどね。そのすっごい金髪は、金髪じゃなくて、狐色というやつ……?
なんだかちょっと可愛いかも……
その時。
私の背後で突然ガタリと音が鳴る。振り返れば占い出店に人がいない。
「え、あれ!?」
「あっ!!!!!!!」
狐のお兄さんと私、二人して叫ぶ。
見れば占い師さんが、ふらつく足取りで逃げようとしていた。
「こら、待て! 逃げるな!!!」
狐お兄さんはガシッと占い師さんの腕を掴む。占い師さんは細い体を捩らせて抵抗した。
「ッ……離してくれ……!!!」
「馬鹿、気が逸れちまったが本当に用事があったのはあんたの方だ。一回ならまだしも何度も何度も、天神様のお膝元で不法営業やりやがって」
「あ、やっぱり不法営業だったんですね」
私は思わずつぶやいてしまう。
占い師のお兄さんは腕を振り解けないでもがいている。狐のお兄さん、結構腕力強いらしい。
狐のお兄さんは諭すように占い師さんに続ける。
「いいか、辻占やるのは勝手だが、許可を取ってやってくれ。人間様の決めたルールに従ってもらわなきゃあ、居場所がなくなるのはあやかし全員なんだ。あんただって『彼方』に行きたくないからここにいるんだろ?」
「離せ、俺は……もう、やめる、か、ら……ッ!」
二人の攻防戦を見ながら、私はおろおろとするしかない。「普通」の女子なら、面倒ごとに巻き込まれないように逃げるのが基本だってわかってる。
わかってるけど。
「あ、あの! 狐のお兄さん!」
私は思わず、狐のお兄さんの袖を掴んでしまった。
「……」
狐のお兄さんは怖い顔をして見下ろしてくる。ヒッと声が出そうになるのを飲み込んで、私は彼の目を見て続けた。
「あ、あの! 占い師さん離してあげてください……!」
「ここからはこっちの話だ。俺だって巻き込みたくはない。あんたは見なかった振りをして逃げてくれ」
「え、ええと、あの……」
「なんだ。こんな奴庇ったって、何もいいことはねえだろ?」
「違うんです。ええと……占い師さんが何かルール違反をしていたのかもしれません、でも、私今、この占い師さんに悩みを聞いてもらって……少しはスッキリした気がするのでどうか、今日だけは許してあげてください」
狐のお兄さんは一瞬、虚を突かれた顔を見せる。
その、次の瞬間。
「ーーっ!!!」
「っ痛…… あ、こら!!」
狐さんが私に気を取られていたその隙に、占い師は思い切り腕を振り上げ、物騒狐さんの手をひっかき、強引に腕から逃れて脱兎のごとく逃げ出した。
新天町の商店街に飛び込まれてしまえば人ごみに紛れ、もう見つけられない。
「……くそ、逃したか……」
言いながらも、狐のお兄さんはそれ以上追いかけることはなかった。ほっとしながら私は、ふと違和感を覚える。
「……あれ?」
その逃げる占い師さんのローブから、変なものがぴょこんと2本飛び出している。
それは二股に分かれた、ぴこぴことした黒猫の尻尾のようで……
「ね、猫……?」
「あいつは猫又だ」
あっけにとられた私に狐のお兄さんが教えてくれる。
「あいつはこうして霊力がある人間を誘い込んで、悩みや精気を吸い取って生きながらえようとしているんだ」
「は、はあ」
「鈍臭くてまだ、全然食えてないみたいだがな」
「……なんだかちょっと可哀想ですね」
「可哀想って」
彼はあきれた風に肩をすくめ、取り残された出店の机に置かれたパワーストーンを指さす。
「それ、あんたを逃さないための目印だぞ」
「目印?」
「後で襲って食っちまうための」
「ええ!??!?!?!」
パワーストーンから飛びのく私。
「大丈夫だ、あんたは受け取らなかったから契約不履行。今はただのガラス玉だ」
「よ、よかった……」
狐さんはそこで真面目な顔をして、少し身をかがめて私の顔を覗き込んできた。
「時に、あんた」
「は、はい」
面食いというわけでもない私でも、なんだか心臓がバクバクする。
「……あんた、その霊力わざとか?」
「え、霊力って」
「その、かけ流しの温泉みたいな『だだもれ霊力』。よくそんな無防備さで生きてこれたな? いったい何者だ、あんた。露出狂?」
「ろ、露出狂!?!?!?!」
私は思わずリクルートスーツの肩を抱く。もしかしてズボンのお尻破けてないかと心配になってあちこち触っていると、狐さんはちょっとクスッと笑った。笑うとちょっと親しみやすくて可愛いと思ってしまう。
いや、露出狂扱いしてきた人に、可愛いとか。ねえ。
「まあいい、時間だ」
狐さんは腕時計をみて、そして私のトートバッグをひょい、と掴む。
「えっ!?」
「約束の時間だ。よかったらこのまま付き合ってくれ」
くるり。振り返って彼は目を眇めて笑う。
「俺のこと、狐に見えるんだろ?」
――『福岡あやかし転職サービス』 代表取締役 篠崎 雷(Rai Shinozaki)。
狐の模様が入った異常にかわいい名刺を渡されて、私はようやく彼が会社社長だと知った。