「どういたしまして。杏はバス?」
「うん、ちょっと歩いた先の、大通りのバス停」
「じゃあちょっと、そこまで付き合って」
「え?」
そう言うと先生は歩き出した。
もう一本路地へ入り、細い道を真っ直ぐ進む。
「……先生?」
「大丈夫、迷ったりしないよ。バス停まですぐ行ける所だから」
「……」
いつも泉屋に来たら、来た道を戻るだけだった。
古びたビル、閉まったシャッター、営業しているのか分からない飲食店。一本奥の路地に入っただけなのに、泉屋のある場所とはこんなにも雰囲気が違う。夜になったら怖いかも……と感じる程、イメージの違う場所。
細い道を突き当たった先に見えたのは……。
「あ……」
広い空と、大きな海。
「すご……」
こんなひらけた場所に出るなんて……。
「夕焼けにはまだちょっと早い時間だったな」
少し涼しくなった、夏の夕風が、髪を揺らす。
すごい眺め……。
泉屋に何度も足を運んでいたのに、近くにこんな所があるなんて、ぜんぜん知らなかった。