「……」

 ミルクは入れないけど、砂糖は多め。そう言うと、美味しそうに甘いコーヒーを飲み始めた。

 私の井関へのイメージが崩れる。それは良い意味として。

 無口でクールで、ギャグなんて通用しない、面白みのない、もっと硬いイメージ。

 そんな井関のイメージが崩れた。

 だってそんな大人のイメージの井関は、きっとコーヒーだってブラックって思っていた。うちの両親だってそうだし。大人ってブラックを好むもんだって思っていたから。

 それなのに……。

「ねぇ井関、甘党ならこのアールグレイ飲んでみる?」

 新しいコップに紅茶を注ぐと、それを井関はゆっくりと口にした。

「ん! うまい!」

 一瞬、その言葉に耳を疑った。だってこのアールグレイ、みんな不味いって言うよ?

 井関は美味しそうに飲み干す。ほのかに笑顔で。

「……」

 ダイエットでカロリーオフとか、脂肪ゼロとか気にする世の中。ここまで甘い紅茶も今時珍しい。しかもこれで、アールグレイ。甘過ぎて飲めない、マズイ、みんなそう言う。これじゃ売れなくて当たり前かも。

 でも、私は大好きだった。

「このアールグレイ、もう無くなりそうなんだって?」

「うん、今じゃどこ探しても見つからないし」

「残念だな、せっかく杏と好みが合ったのに」

 井関は、眼鏡越しの目を細め、笑った。