教室でもどこでも、井関が私のことを『杏』と名前で呼んでも、以前のように騒がれなくなった。
それはあの時話してくれた、“私と同じ苗字の『篠田』という友人に、車を破壊された事件”のお陰だった。
その話をみんなは笑い話として受け取り、井関が私を名前で呼ぶことを不思議と思わなくなったのだ。
それまでは井関ファンたちに、まるで私が井関から特別扱いされていると勘違いされて、マークされてたし……。なんだかわけわからない言いがかりをつけられたり、嫌な思いもした。もう本当に迷惑!って思ってた。今じゃそんなことも少なくなったけどね。
ホームルームが終わり、教室の騒がしさは井関の周りだけになっていた。どこから増えたのか、他のクラスからも井関ファンが集まり出していた。
あ~うるさっ。早く帰ろう。
荷物を手に取り教室を出ようとした時「杏、プリントのコピー手伝ってくれないか?」井関に呼び止められた。
げえぇぇぇ。なんで私~!?
露骨に嫌な顔をしてしまった。
「なんで篠田さんなのー?」
「篠田さんになんか頼まなくたって、私たちが手伝うのにー」
「そうだよー、私たちがやりますー」
井関ファンが、口々に言い出した。
あぁ……また面倒だなぁ、こういうの。やるって言ってんだから、その子らにやらせればいいのに。
「補習受ける本人のプリントだからな」
「……」
その言葉に一瞬にしてみんなが無言になり、納得してしまった。
「な、杏」
「……はい、手伝わせていただきます……」
『仕方ないか』と、言うように、井関ファンが散っていく。
いやいや、仕方なくないって~! こういう時ばっかり素直に引き下がんないでよ~! いつもはうるさいくらい、突っかかってくるのにさ。も〜!
はぁ……。
私は肩を落とし、嫌々、井関と職員室へ向かった。