「杏、どうしたんだ? 少し前までずいぶん英語も出来るようになっていただろ」

 井関先生の机には、私の白紙のテストが置かれていた。

 その様子をチラチラと見るように、何人かの先生が私と井関先生の話に聞き耳を立てていた。

 私は答えない。

「杏、これくらいなら解らない問題じゃなかっただろ?」

「……」

「しかも白紙で出すなんて、何考えてるんだ」

「……」

 英語の勉強も、好きな料理も先生が居るから頑張れた。

 理由はどうであれ、私がこんなに夢中になれた。

 先生が気付かせてくれた、私の長所。

 好きな料理も、苦手だった英語も、先生に褒められることが頑張るチカラになっていた。

 でも……。

 今はもう どうでもいい……。

「……もう ほっといて……」

 私は背を向けた。

「杏!?」

「……もう、杏て名前で呼ばないで」

 私は振り返ることなく職員室を出た。

 先生の声で名前を呼ばれると心が揺らぐ。

 好きな人に名前を呼ばれることが、今はこんなにもつらい……。