「どうして……」

「どうして……」

 言葉が重なる。

 濡れてしまったメガネを外すと、先生はくすっと笑った。

「……」

 なんで笑うの?

 この間の先生と女性の姿を思い出し、怒りに似た……そんな苦しい思いがこみ上げてきた。

 怒り? 違う。これは嫉妬だ。

 思い出せば涙が溢れてしまいそうな、そんな心の動揺。

 私は来た道を戻ろうと歩き出すと、突然、先生は私の手を握った。

「!?」

 私を引き寄せ、先生は私をきつく抱きしめた。

 持っていた傘が手から離れると、風にあおられ遠く飛ばされた。

 そして、引き離す隙も与えず、先生は私に唇を重ねた。

「……っ……なんでっ」

 私は先生を突き放すと、そう叫んだ。

 分からない……分からない涙が次々に溢れて……。

「杏!!」

 先生の気持ちがわからないよ。

 どうしてこんな……私の気持ちを揺さぶるようなことをするの!?

 私はその声に振り返ることなく走り出していた。

 雨で出来た水たまりの水を、何度も蹴とばすように夢中で走り続けた。

「……はぁ」

 そっと振り返ると、先生の姿はない。

 壊れてしまいそうな胸の痛みにギュッと目を閉じうつむいた。

「……っ……」

 足元の水たまりに映る泣き顔の自分は、乱れた心にようにぐちゃぐちゃに歪んで見えた。