「虹だね」

尚人が嬉しそうに話し掛けるのにも、頷くことしか出来ない。

声を発することも、出来なかった。

尚人の視線の先にある虹を、一緒になって、ただ、見つめる。

どのくらい経っただろう。やがて虹が消えようとするときに、尚人は言葉を継いだ。

「知ってる? 優菜ちゃん。虹って、龍だっていう説があるんだよ」
「……龍……」

唐突に、現実味のないことを話し始める尚人に、相槌だけ返す。

「水の底にひっそり居た龍が、空へ昇るときに雷雲を呼ぶんだって。その一対の龍を、虹に見立てたって聞いたことがあるよ」
「……一対の……」
「うん。それ聞いたときに、昔の人はロマンチックなことを考えるなって思ったんだ」

尚人の、優菜に向ける笑みが眩しい。西の空に浮かぶ太陽の陽に弾けて反射する、かすかに残った雨が、尚人の周りをきらきらと輝かせていた。

「優菜ちゃんと虹を見ることが出来たら、絶対話そうって思ってたの。……良かった、言えて」

にこりと微笑む、尚人の耳の先が赤いと思うのは、陽に透けているからだろうか。……それとも?

「……、……なお、……と?」
「あっ、雨、止んだね。行こうか、優菜ちゃん」

そう言って優菜を軒先から連れ出す尚人の手のひらが湿っている。

夏の暑さだけのせいじゃないその湿り気に、何故だか急に心臓がどきどきと走った。

尚人に手を引かれるまま、帰路を辿る。

優菜は消えゆく東の空の虹を振り返らなかった。








心に、きらきらとしたものが残ったから……――――。