軒先から真っ黒い雲を見上げる。焼け焦げた綿菓子みたいな雲の底から銀糸が地面に落ちては跳ねっていた。煌めく糸の様子を部活で疲れた意識で何とはなしにぼんやりと見つめる。焼けたアスファルトから立ち上る蒸気が優菜たちの周りを囲んだ。

「…………」
「……、…………」

雨の落ちる音が絶え間なく続く。ふと、優菜の右に立っている尚人が喋っていないな、と気づいた。横を見ると、尚人は熱心に優菜を通り越して東の空を眺めていた。

何を、見ているのだろう。其処にはグレーの雲しかないと言うのに。優菜は左の方――東の空――を確認して、そう思う。雲に、明日の弁当の中身でも想像しているのだろうか。

「……、…………」
「…………」

さあさあと、雨が降る。

濡れた制服の肩の冷えも、体温で暖まってしまっていた。そんなことを思っていた時。

「優菜ちゃん。雨が止んできたよ」

嬉しそうに、尚人が言った。

そんなの、目の前の景色を見れば分かる。それなのに、尚人は何が楽しいんだろうか、熱心に東の空を見つめたままだ。

「……きっと、もう直ぐだ」
「? もう直ぐ? もう直ぐって、何が?」

抑えきれない、と言った興奮を滲ませて尚人が言うもんだから、この日優菜は初めて尚人に話し掛けた。

「うん、きっと……。きっと、もう直ぐ……、あっ、ほら! 優菜ちゃん、見て!」

ぱっと声を上げて、尚人が優菜の目の前を左の方――東の方――へ向かって指をさした。

顔を横切ったその指先の向こうを見ると、晴れてきた東の空に、虹が、浮かんでいた。

その、虹の様子よりも。

覆い被った尚人の体から、尚人の汗のにおいを感じた。

立ち上(のぼ)る雨の湿気と共に感じたそのにおいは、陸上部の部室で感じる女子たちのにおいと違って、『男子』のにおいがした。

それが。

圧倒的に、優菜の感覚を奪い去った。