「本当に、墓参りに行っていたのですか?」

「……はい」

「私は……、あなたがてっきり、岡田の家に戻ったものと思っていたので……。そちらまで探しに行きました」

「えっ?」

「ですが、本当にあなたが家に戻られていたのなら、それを直接確かめるわけにもいかず、たまたま近くに見かけた、まつという方に声をかけたのです」

その人はまた少し、頬を赤くしてうつむいた。

「あなたが出て行かれたことの口止めはお願いしておいたので、大丈夫でしょう。ご実家にはお戻りになっていないと聞かされ、私は余計に混乱したのです」

そのまま町をさまよい続け、この人は私を見つけた。

「自分でも驚くほど……、その、あなたを心配するので、もう二度と一人歩きなど、なさらないでください」

うつむいていた横顔が、こちらを向いた。

目が合う。

その人はため息をついた。

「私がどれだけ心苦しい思いをしていたか、あなたには想像もつかないのでしょうね」

雨の中を追いかけて来てくれたこの人は、どんな様子だったのだろう。

どんな風に私を探して、彷徨っていたのだろう。

それを少し、見てみたかったと思った。

「うめ……、いや、まつを覚えておいでだったのですか?」

「どなたです?」

「岡田の家の者です」

その人は首を横に振った。

「知りませんよ。あなたのご実家の通用門から出てきたところを、捕まえただけです」

「ちょうど一年前のことでございます。私と、その……まつは、二人で出かけたことがございました」

そう言えば、ずっと気になっていたことがある。

「妙善寺で受け取ったあの文は、いかがいたしましたか?」

この人は不思議そうな顔でしばらく考えてから、ぱっと顔を上げた。

「あの時の狐!」

晋太郎さんは大きなため息をつくと、頭を抱えた。

「まさかあの時の狐の子が、あなただったとは……」

受け取った文を開いてみれば、子供の落書きのようなもので、どこをどう探しても差出人の名前もない。

呆れる晋太郎さんに、妙善寺の住職は言った。

「いつまでも気に迷いがあればこそ、このような物の怪に取り憑かれる隙を与えるのです。おおかた狐の子らがからかいがてら、あなたを化かしに来たのでしょう」

「私の思いが、気の迷いとおっしゃるのですか?」

「もう何年になられるか。月命日ごとにここに通われるようになってから……」

住職は静かに茶をすすった。

「晋太郎さまの深い悲しみは理解いたしますが、いつまでもそうしておるわけには参りますまい。それはあなたご自身も、よく分かっておられるはず」

この不思議な落書きは、なにかのまじないでもかけてあるのだろうか。

「また新しい縁談がきていると聞きました。迷うておられるのなら、お受けなさい」

「ですが!」

「次に来る物の怪は、あのような可愛らしい子狐で済むとは限りませぬぞ」

その文はお祓いをした後、寺で燃やしたという。

立ち昇る煙に、晋太郎さんは私との縁組みを承諾した。