「竹男さまは、どうして妙善寺に?」

「秘密です」

明らかにムッとした私に、今度はその人が笑った。

「墓参りにゆくのです。今日が命日でございますので」

そう言った横顔は、とても快活でなんの曇りも迷いも感じさせやしなかったのに……。

「はは、正直に言われるのも、困るものでございましょう。よいのです。お気になさらず」

にこりと微笑んだその姿に、私は自分の愚かさを恥じた。

いらぬことを聞いた。

なんと声をかけていいのか、言葉を失う。

境内へ向かう長い石段は、斜面に沿ってどこまでも続く。

三人は何も話さず階段を上った。

寺門の大きな横木を乗り越える時、先をゆくその人は振り返ると、私に向かって手を差し出した。

それにつかまり門をくぐる。

触れた手から伝わる体温は、今も熱をもって胸を騒がせる。

「あ、ありがとうございました」

「いいえ。お役に立ててなによりです」

私たちの姿を見つけた小姓が駆け寄ってきた。

涼しげな横顔でそれを迎えるその人を、私は見上げていた。

もうこの旅路は終わってしまうのか。

なんてあっけないものだったのだろう。

せめて本当のお名前を教えてもらわなければ、もう一度お目にかかりたくとも、それも叶わない。

「あの……よろしければ、せめて本当のお名前を……」

そう言った私に、その人はふっと微笑んだ。

「黙安どの。この方より、坂本晋太郎さまへの文を言付けてもらえぬか。その後にこの方を、晋太郎さまのところへ案内してやってください」

抱えていた風呂敷から、しわくちゃになった文を取り出す。

不思議そうな顔をしたお小姓へそれを渡すと、その文はすぐ隣にいたあの人に向けられた。

「この方が、坂本晋太郎さまでございます」

「ご苦労さまでございました」

その人は文を受け取ると、私たちを見下ろし悪戯に微笑む。

うめと二人、一目散に石段を駆け下りた。

途中で転んだうめの手を取り、互いに驚きに泣きながら家路についた。

帰り道は来たときよりも、ずっと早くて簡単だった。

どうしてあんなにも私たちは泣きじゃくっていたのか、やっぱり不思議で仕方がない。

その門をいま一人でくぐる。

あれからの日々を、嫁入り支度のために費やした。

何も知らなかった私は、掃除の仕方から包丁の持ち方、針に糸を通すことから始めなければならなかった。

鳴り止まぬ胸の鼓動を抱え、眠れぬ夜を過ごし、なに一つ嫁としての心得が身につかない不甲斐なさに泣いた。

婚礼の日は本当にあの人が隣に来るのか、すぐにバレて気にいらぬと返されはしないかと、それだけが気がかりだった。