「佐代ちゃんも嫁に行ったし、源九郎は剣術の大会で優勝した。同じ年に元服したんだ。もうすぐ、商家の娘さんを嫁取りするってさ」

鶴丸は急に声を小さくする。

「源九郎は本当は、佐代ちゃんのことが好きだったんだぜ。覚えてるだろ、習字の時間のこと。それで嫁入りの時にさ、野郎ばっかりで集まって……って、なんで泣いてるのさ」

「何でもない。ちょっと、懐かしくなりすぎただけ」

忘れていた。

こんな気持ち。

今が辛いワケじゃないのに……。

「……。まぁ、いいけどね」

鶴丸はため息をつく。

正座していた足をくずすと、畳に手をつき足を投げ出した。

「こんな羽織り袴もさ、本当はまだ慣れてないんだ。動きにくくって。腹が減ってるのにかしこまって茶をすすってるよりも、その辺のなってる実をちぎって食ってる方がいいよな」

「高隆寺の柿の実……」

「そう! あそこの柿が一番うまい!」

昔話に花が咲く。

どうして大人たちは、集まれば昔話ばかりしているのか不思議で仕方がなかった。

だけど今、それをしている私たちは、少しは大人になったということなのだろうか。

廊下を近づく足音が聞こえる。

何気ない会話を交わしながら、私は目で鶴丸に合図を送った。

それに気づいた鶴丸は、投げ出していた足を戻す。

私も姿勢を正した。

襖が開く。

「あら、晋太郎さん。お帰りになっていたのですか?」

「……。えぇ、たいそうお話の盛り上がっているところを、お邪魔しましたね」

そう言ったまま、柱にもたれこちらをのぞいている。

鶴丸は深々と丁寧に頭を下げた。

「湯山家が嫡男、武市と申します。坂本晋太郎さまには、お初にお目にかかります」

「はい。よろしゅうお見知りおきを」

晋太郎さんは小声でぼそぼそと、簡単な挨拶を済ませた。

横を向いたままのこの人は、なんだか少し機嫌の悪いようだ。

「どうかされたのですか?」

「いえ。志乃さん。まもなく夕餉の支度のお時間ですよ」

「はぁ……」

そんなこと、今まで言われたことないのに……。

その人は鶴丸をじっと見下ろした。

「湯山どの。よろしければ私と一緒に、父の部屋まで参りませぬか?」

「えっ、よろしいのですか?」

「父の相手を宗太どのお一人に任せるのは、お気の毒というもの。かといって私一人では心細い」

鶴丸の顔は、パッと真っ赤に広がった。

晋太郎さんから声をかけられることは、鶴丸の身分では名誉なことだった。

ここで鶴丸が一人座っていたのは、義父とも顔を合わせる身分ではなかったから。

「は、はい! ぜひ、喜んで!」

「志乃さん。食事は義兄上と、湯山どのの分もよろしくお願いします。母上にもそうお伝えください」

晋太郎さんに連れられて、鶴丸はお義父さまの部屋へと嬉々として向かって行った。

途中でくるりと振り返り、こっそり小さく頭を下げる。

そうだ。私たちは大人になったのだ。

いつの間にか、気づかないうちに。

立ち上がり、土間へと向かう。

義母に伝えたら、すぐに夕餉の支度が始まった。

突然の来客にどうなることかと思っていたが、何やらお義父さまのご意向とやらで、男衆はその部屋から一歩も出てくることはなかった。

時折誰かが厠に赴きながら、ぶつぶつと独りごちている以外、特に変わった様子もない。

私たちはひたすら酒とそのつまみを運びつづける。