「えぇ、何も心配なさることはないですよ。全く変わりないです」

兄はにっこりと微笑む。

ほんの半年前まで住んでいた家が、とても遠くになってしまった。

柱の傷や天井の染み、縁側から転げ落ち泣いて、母に助け起こされたこと。

ささくれだった板戸の棘が、いつまでも抜けずに腫れ上がって泣いた。

そのおかげで立て付けの悪かった裏門の扉が片方だけ新しくなった。

庭の隅に埋めた宝物だったギヤマンガラスの破片は、結局見つけられないままだ。

お義父さまに呼ばれ、兄は部屋を出て行った。

二人きりになった部屋で、そこにきちんと大人のように座っている鶴丸を眺める。

真新しい羽織がまだ大きすぎて、人形に着せられているよう。

「ご立派になられました。前にお会いしたときは、いつでしたっけ」

「えっと……、確か、岡田さまのお庭で、琴の師匠から逃げ回り隠れていた時でございます」

その話し方までがおかしくて、笑った。

こんな大人のような口の利き方をして鶴丸と話す日がくるなんて、思いもしなかった。

ぎゃあぎゃあと泣きわめいて、喧嘩して、外を走り回り、木に登って、逃げた猫を追いかけて探し回った。

「あの師匠が悪いのです。手の形など、琴の音に関係ないではないですか」

「私の方が迷惑していたのです。縁側から飛び降りてきた志乃さまに、鉢合わせたのが運のつきでした」

声をたてて笑う。

こんなにも素直に笑えたのは久しぶりだ。

私の嫁入りが決まってその修行が始まり、そんなことをしている間にも鶴丸は、いつの間にか大人になっていた。

「ちょうど、私の嫁入りの時だったのですね」

「はい。同じ頃になります」

世間ではいつの間にか、こうして時は流れていて、自分だけが取り残されていくよう。

「それでは、お勤めも滞りなく……」

「お志乃ちゃん」

剃り上げた月代がまだ青い。

しまってきた頬にも、まだわずかに柔らかさが残る。

目を丸く輝かせて、鶴丸は微笑んだ。

「志乃ちゃんが元気そうでよかった。突然嫁入りが決まったって聞いて、みんな心配してたんだ。お盆も本当は戻りたかったけど、帰ってこれなかったんじゃないかって。だけど、そうじゃなかったみたいで安心した」

祭りの時、新しい草履の鼻緒にすぐ皮がむけて、痛い痛いと泣いていた。

私はそんな鶴丸の隣で、ずっと泣き止むのを待っていた。

「気に入らないと、すぐにかんしゃくを起こすからさ。こんなに長く続けられてるなんて、俺でもまだ信じらんねぇよ」

あははと無邪気に笑う。

縁日ではいつも、飴を落として泣いていたくせに。

私は鶴丸に、かけっこでさえ負けたことはない。

好きなものを見て、好きに話し、誰に遠慮することもなくどこへでも駆けて行けた。