蝉の鳴く声がやかましい。

土から這い出した幼虫のぬけ殻が、あちこちに転がる。

寝所からの景色は変わらない。

私は衝立の向こうの、主のいなくなった布団を片付ける。

「お盆の支度をしないとね。志乃さんも手伝ってちょうだい」

お義母さまと二人、仏間の位牌を拭き、床の間を整える。

鮮やかな提灯にろうそくをさした。

「実家に帰る?」

義母はふと聞いた。

「私はどっちでもいいけど」

「いえ。岡田の家とは頻繁に文のやりとりもしておりますし、特に用事もないので……」

「いいの?」

「はい」

塩漬けにしたキュウリとお茶を運ぶ。

最奥の庭はいつもきれいに手入れがされ、涼しげな青い花がそよいでいた。

吹く風までもが心地よく感じる。

お盆には、死者がこの世に帰ってくる。

坂本の家は珠代さまの生家ではないけれど、もしかしたらひょっこり顔くらいは出しに来るかもしれない。

虫除けの香が焚かれた部屋に、その人は座っていた。

「虫干しですか?」

「えぇ」

庭に面した縁側に書物がならぶ。

その合間合間に、独楽や人形、カラクリ仕掛けの不思議なおもちゃがならぶ。

「これは?」

小さな木彫りの人形を手に取った。

「それは、私がまだ赤ん坊のころに、大層気に入っていた品だそうです」

よく見れば古びたカルタや小石、小さな枝なんかまである。

「これは……」

「私の宝物です」

晋太郎さんの顔は真っ赤だ。

私は吹き出しそうになるのを必死で堪えている。

「奥の箪笥にしまってあるものです。こうして年に一度は風を通すのです」

続きの奥の間に目をやる。

開け放した襖の奥で、箪笥の引き出しは全て抜き出されていた。

「天気のよい日に、順番にやるのです」

「……。かわ……」

『かわいい』って、言いそうになるのを飲み込む。

「わ、私も、お手伝いしましょうか?」

「結構です。内心では、どうせ笑っておいででしょう? この折り紙は、私が初めて上手く折れた兜です」

そう言って、古びた小さな兜を手に取った。

「どうですか、この出来。幼子の作品にしては、上出来でしょう? 捨ててしまうなんて、私には出来ません」

「それで私に、箪笥の中を見られたくなかったのですか?」

晋太郎さんは真っ赤になってうつむいた。

「それでも虫干しはしないといけないので、覚悟を決めました」

それは喜んでいいことなのかな? 

衣桁に目をやる。

一枚の艶やかな小袖が掛けられていた。

「これは……?」

男物とも女物とも言えない柄だが、晋太郎さんが着るには小さすぎる。

あぁ、これはきっと、珠代さまの形見分けだ。