「し、晋太郎さんも、風邪を引かれては困ります。すぐに新しいのを持ってきますね」

「これでいいですよ」

膝に置いていた手ぬぐいが、もうこの人の腕と首筋を拭いている。

「はい、終わりました」

そのままパサリともう一度膝に落とされた手ぬぐいを、私はどう触っていいのかが分からない。

「少し横になります。夕餉の支度ができたら、起こしに来てください」

「は、はい」

盆を持ち上げる。

逃げるようにそこから駆けだした。

なぜか息はずっと苦しいままで、よろよろと廊下を進み土間までたどり着く。

「あら志乃さん、どうかしたの?」

「いえ、夕餉の支度を早めに始めようかと思いまして……」

「あら、そうなの?」

呼吸を整える。

信じられないくらい顔が火照っている。

私には、他に出来ることは何もないから、せめて自分に出来ることくらいはしたいと思う。

米を研ぎ湯を沸かし、野菜を切った。

坂本家流というやり方で、支度を進める。

味噌を溶く頃合いも、漬物の合わせ方も、全部お義母さまから教わった通り。

出来上がったものを器に盛りつけると、膳にのせそれを運んだ。

奥の部屋に声をかけにいくのも恥ずかしくなって、他の人に頼んでしまう。

「今日の食事は、全部私が一人で作りました」

「そうですか。ご苦労さまでした」

「お味はどうですか?」

「えぇ、美味しいですよ」

私は十分に満足してご飯を口に放り込んだ。

茶碗を洗って片付ける。

夜までの時間が長すぎて、早々に寝所を整えた。

眠くもないのに、布団に潜って考える。

明日はどうしよう。

何をしよう。

あの人は何が好き? 

どうやって話しかけたらいい? 

時が過ぎても寝付けず、起き上がって髪に少しばかりの香油をつけてみたりなんかして。

足音が聞こえたような気がして、慌てて布団に戻った。

襖が開く。

入って来た晋太郎さんは、珍しく私に声をかけた。

「もうお休みになられましたか?」

「……いえ、起きております」

もぞもぞと目をこすったりなんかして、わざとゆっくり起き上がる。

ふぅと小さくため息をついたりなんかして、枕元に座った。

「なんでしょう」

「私も、どうしようかとずっと悩んでいたのです。これは互いの役目を難なく果たすための申し合わせだということを、どうか理解していただきたい」

晋太郎さんの手が、その広い胸元に伸びた。

寝巻きの襟の隙間から文を取り出す。

「あなたを傷つけるつもりも、困らせるつもりもないのです。ただどうしてもやらなければならないことは、確かにあるのです。それを分かっていただけるのか、そのことがいつも不安でした」

私は薄明かりのなかで、そう言ったその人の顔を見上げる。

文が差し出された。