「あぁもう駄目、お腹いっぱい。今日のお夕飯は、お茶漬けだけにしときましょ」

「いいのですか?」

「お腹がすいたらお父さんも晋太郎も、残ってるまんじゅう食べるでしょ」

そう言って、さらにもう一つを手に取る。

「志乃さんも、しっかり食べておきなさいよ」

「はい」

お義母さまはにっこりと笑うと、またずずっとお茶をすすった。

夜になって、その人は久しぶりに部屋に入ってきた。

予期していなかったその物音に、驚いて飛び起きる。

目が合ったら、晋太郎さんは静かにうつむいた。

「……。あなたや母のことを、奉公人のように思っているわけではないのです。もう何度も申してはおりますが、そこはきちんと理解しておいていただきたい」

そう言うと、晋太郎さんは私の枕元に座った。

「あなたはうちの嫁です。ですから家のことはお任せします。私は、自分のことは自分でやります。こちらからお願いするまで、他のことは特に……、していただかなくても、かまいません」

「……。他のこと、とは?」

「いつもしていただいている、それ以上のことです」

沈黙が流れる。

私のしていることだなんて、お茶を運ぶのと、食事の知らせに行くことくらいだ。

「お庭のこと、まだ許してはいただけないのですか?」

その人は少し口ごもった。

「に、庭のことだけではありません。他にも色々と……ありはするのです。それを全て、いまここで説明するのは難しいということです。この先もきっと、そういうことは出てくるでしょう。そんなことをいちいち、ここで話すわけにもまいりません」

薄明かりの中で、晋太郎さんは腕を組み目を閉じる。

私はぎゅっと握りしめた自分の指先を、もごもごと見つめていた。

「それは……、お義母さまにそう言われたから、おっしゃっているのですか?」

即座にため息をつかれる。

「あなたはそれに、どう答えてほしいとお望みですか? 『そうです。母に言われて反省しました』? それとも、『いいえ私の本心からです』という嘘?」

私は晋太郎さんを見上げる。

「どちらにしても、あなたは気にくわないとおっしゃるのでしょう? それをどう受け止めるのかも、お好きにしてください。あなたにお任せすると言ったのは、私なのですから」

その人は立ち上がる。

部屋を出て行くのかと思ったら、布団に潜り込んだ。

今日はここで眠るつもりらしい。

私は衝立の位置をもう一度確認する。

うん。きっと、これさえあれば大丈夫。

「私がここに嫁いで来たのは、ちゃんと幸せになろうと思ったからです。その覚悟がなければ、ここにはいません」

返事はない。

行燈の灯りを消す。

「それだけは、晋太郎さんにも分かっていただきたいのです」

私だって、ちゃんとそれなりの覚悟はしてきたのだ。

布団を頭までかぶると、しっかりと目を閉じた。