「たのもう!」

バシリと襖を開けたら、その人はやっぱり開け放した縁側にいて、火鉢の灰を入れ替えていた。

驚いたように体をビクリとさせる。

「なんですか?」

いつもシュッとしてピシッとしているこの人が、明らかにやつれたような表情をしている。

もしかして、寝不足? 

私が近くに座ろうとすると、その人はごそごそと動いて場所を譲ってくれる。

そのまま何も言わず、それでも手は止めることなく、火鉢の手入れを続けている。

壺から新しい炭を加えると、ようやくこちらを向いた。

「それは籠八のあん餅ですか?」

話しかけてもらえた。

さすがお義母さまとお祖母さまの選んだ品だけのことはある。

「焼いて食べますか? 私は餅は、焼いている方が好きなのです」

ちょうどいい頃合いでここへ来たのでは? 

火鉢を挟んで向かい合っている。

「籠八のあん餅なら、焼かずにそのまま食べるのがいいでしょう」

この人は置いた盆から生の餅を手に取ると、無言でほおばる。

せっかく炭を入れ替えたばかりの火鉢があるのに……。

私は仕方なく、そのままの餅をほおばった。

「ん、おいしい! 本当においしい! あんこがふわっふわ!」

「そうでしょう、そうでしょう。ここの餡は他の餡とは違うのです。焼いて食おうなど笑止千万、狂気の沙汰」

目が合った。

ちょっぴりうれしくなる。

何故か得意げなこの人にプッと吹き出してしまったら、晋太郎さんは頬を赤らめた。

あんこの甘みが広がる。

「炭が弱くなっていたのですか?」

「えぇ、大分暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるとまだ寒さがこたえるので」

開け放した縁側からは、西日が差し込んでいた。

日の当たるところにいれば、ずいぶんと暖かい。

「案外日当たりのよい庭なのですね」

「そのようにこしらえてあるのです」

手のひらにじんわりと、湯飲みからのぬくもりが伝わってくる。

言おうと思って準備していたことなんて、どうでもよくなってしまった。

「先日連れて行ってもらった、あのお大根も美味しかったです。また連れて行ってください」

「……あぁ。分かりました」

わずかに微笑む。

そのまま静かに、ただぼんやりと、その人は庭を眺め続けていた。