女性はやっぱりさっき話したばかりの女性だった。

頭から血を流して動かない。

男性は女性の上に体が半分乗り、こちらも頭から血を流して動かない。

風に仰がれ届いた鼻にツンとくる鉄の匂いに吐き気がした。

騒ぎに気づきベランダから覗くマンションの住民が叫び声を上げたり「うわ」「あっ」と声にならない声を出す。

ふたりとももう死んでいるのだろう。

でも、死なない。

きっとこのふたりは死なない。

だってこの場には君がいる。


「ごめんね」


僕のほうを向き口角を上げて笑顔を作る。

何をしようと思ったのか、無意識に僕は彼女に向かって右手を伸ばしていた。

だけど、その手は空を切るだけ。

コンクリートに赤黒く広がっていくものを気に留めず、成田さんは歩いて男女ふたりの傍にしゃがみ込む。


「成田さんっ!」


足を一歩踏み出すけど、すでに成田さんはふたりに触れて目を閉じ祈っていた。

やっぱり、そこだけ切り離されたみたいに清く澄んでいる。

誰も立ち入ることを禁じられたような聖域。

止めたいのに止めることができない。

やっと成田さんの近くまで行けた時には、女性の指がピクッと動き、男性の瞼が開かれた。

成田さんに触れたら2年減り【13.70】と浮かんでくる。


使ってしまった。
わかっていた。

成田さんが自分の余命を渡すこと。

だからこのふたりは死なないこと。

成田さんはぜったいに、こうするとわかっていた。

確認のため、女性と男性にも触れる。


ふたりとも浮かび上がった数字は【1.0】。

ちゃんと彼女の余命は渡された。


「瑞季くん、行こう」


何てことないように、いつものトーンで言う。

だけど僕はそんな気分にはならない。

ムカムカとしている。

彼らが死ねばいいとは思わない。

生きれるなら生きてほしい。

だけど、成田さんが自分の命を削る必要はあるのだろうか。

そうまでしなくてはいけないのだろうか。

どうしてお人好しすぎる彼女に、この能力があるのだろうか。

ひとりで抱え込んでいるのは彼女のほうじゃないか。